仁藤心春は辞表を提出し、背を向けて立ち去った。
古川山は手の中の辞表を見つめ、まるで熱い芋を持っているかのような気分だった。
仁藤心春が辞めるなんて、でも秋山会長は...許さないはずだ。
結局のところ、秋山会長の仁藤心春に対する...古川山は心配そうな表情を浮かべた。長年秋山会長の側で働いてきた彼は、会長についてよく知っていた。少なくとも、会長がこれほどまでに一人の女性を気にかけるのを見たことがなかった。
口では仁藤心春を嫌っていると言いながらも、その目には隠しきれない関心が宿っていた!
一時間余り経って、社長室のドアが開き、秋山瑛真が出てきて、古川山に指示を出した。「後ほど市役所に行って、前回市と話し合った協力プロジェクトについて、もう一度協議する必要がある。」
「はい!」古川山は応じたが、少し躊躇した後、机の上に置いてあった辞表を秋山瑛真に差し出した。
「これは何だ?」秋山瑛真は受け取りながら無造作に尋ねた。
「仁藤部長の辞表です。」古川山が答えた。
秋山瑛真は手紙を持つ手が急に固まった。「辞表?彼女が辞めるだって?」
「はい。」
「彼女は賭け契約を忘れたのか?」秋山瑛真は手紙を握りしめ、怒りを露わにした。
「仁藤部長は、賭け契約は自分の負けとして、契約書通りに秋山会長のお望みのものをお渡しすると言っていました。」古川山が言った。
秋山瑛真は薄い唇を一文字に結んだ。お渡しする?
つまり、そんな軽々しい一言を残して、彼の元から去ろうというのか?
仁藤心春...彼女には何の権利があってこれらすべてを決めるというのだ!
彼が受けた苦しみ、経験した困難を、彼女はまだ一つも味わっていないというのに、このように彼との関係を清算しようというのか?
許さない!
「すぐに会社に戻るよう伝えろ!」秋山瑛真は氷のような声で命じた。
古川山はすぐに携帯を取り出し、仁藤心春に電話をかけた。「仁藤部長ですか?秋山会長が会社に戻ってきて欲しいとのことです。辞職の件について説明を...え?...はい、分かりました。」
しばらくして、古川山は困った表情で通話を終え、秋山瑛真に向かって言った。「会長、仁藤部長は...その、今は会社に戻れないとのことです。用事があるそうで、辞職の件について詳しく話し合うなら、明日会社に来られるとのことです。」