第320章 もう一度恋に落ちる

「痛い！」仁藤心春は痛みで叫び、相手の指から逃れようとしたが、鋼鉄のような力で振り払うことができなかった。

「山本綾音がそんなにも大切なのか？あと数ヶ月で完了する契約も放棄し、特許権も諦め、賠償金も支払うほどに？時間が足りない……ふん、お前にそんなに切迫した時間があるのか？」秋山瑛真は冷たく言い放った。

仁藤心春は目の前の顔をじっと見つめた。

時間、彼女の残された時間はもうわずかだった。計算すると3ヶ月余り。そして綾音の失踪事件で、今何が最も重要なのかを彼女は痛感していた。

「そう、綾音は私にとって大切な存在よ。私が最も苦しかった時期に、綾音が一緒に支えてくれたの！」仁藤心春は言った。

大学時代、母親と継父が亡くなり、田中家に疎まれ、悠仁にも会えず、身近に親族も友人もいなかった。貧困学生として、アルバイトと奨学金で何とか大学生活を維持していた。

そんな困難な生活の中でも、大学では度々他人からの嘲笑や虐めを受けていた。

ある時期には、生きることが辛すぎて、死が良い選択かもしれないと思っていた。そんな時、綾音が優しく寄り添ってくれ、友達になってくれた。誹謗中傷された時も、彼女を信じ、真相を究明して潔白を証明してくれた。

そんな綾音が、どうして大切でないわけがあろうか？

「お前には大切な人が多いようだな。山本綾音も大切、温井卿介も大切、田中悠仁さえも大切！しかし、私だけは……大切じゃないというわけか？」彼の声には、自身も気付かない嫉妬が滲んでいた。

彼女は静かに彼を見つめた。かつては、彼も彼女にとって大切な存在だった。

しかし最近の一連の出来事で……

「あなたは私にとって、もう大切な存在ではありません」彼女は冷静に言った。「今のあなたは、ただの秋山会長。私たちの間には、仕事以外の関係なんてないわ」

彼の眼差しには怨恨と嫉妬、そして諦めきれない思いが混在していた。「随分と冷酷だな。過去のお前が私と父に対して犯した過ちを、そんな軽い言葉で帳消しにしようというのか？言っておくが、私が許すまで、お前は私と父への借りを返し続けなければならない」

仁藤心春は突然、軽く笑い出した。

秋山瑛真は眉をひそめた。「何を笑っている？」