彼女を最も愛した人が消えた

温井朝岚は淡々と言った。「必要ないよ。今の私には彼女に対して何の感情もないし、これからも何の関係もないだろうから」

温井澄蓮は安堵のため息をつきながらも、思わず尋ねた。「でも、お兄さんは彼女についての記憶を取り戻したくないの?」

「忘れてしまったということは、それほど重要ではなかったということだ。本当に大切なものなら、忘れるはずがない」と温井朝岚は答えた。

温井澄蓮は黙り込んだ。

重要ではないって?でもあの時のお兄さんは、山本綾音をあれほど愛していたのに。もしいつか、お兄さんが山本綾音に関する全てを思い出したら、今日言ったことを後悔するんじゃないかしら!

この瞬間、温井澄蓮は突然山本綾音に同情を覚えた。確かに彼女とは相性が悪く、お兄さんを傷つけすぎたと思っていたし、以前はお兄さんと彼女が一緒にならないことを願っていた。

しかし、その願いがこのような形で実現してしまうと、心の底では感慨深くも不安な気持ちになった。

山本綾音は、もうお兄さんのように彼女を愛してくれる男性には二度と出会えないだろう。そして、一度このように愛されたら、これから他の人を愛することができるのだろうか?それとも永遠に過去の感情に囚われたままなのだろうか。

そしてお兄さんは、本当に永遠に山本綾音についての全てを思い出さないのだろうか?

もし将来、山本綾音が結婚して子供を持った後で、お兄さんが全てを思い出したら、それはまた新たな悲劇になってしまうのではないか?

温井澄蓮は突然、それ以上考えるのが怖くなった!

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仁藤心春は親友がこのショックに耐えられないのではないかと心配で、山本綾音に付き添って山本家まで帰り、さらに山本家で一晩過ごすつもりでいた。

しかし山本綾音は言った。「帰って、心春。私は馬鹿なことはしないから。ただ一人で静かに考えたいの」

「でも……」

「信じて。本当に恋のために正気を失ったり、自殺したりなんてしないわ。私にはまだ両親の面倒を見なければいけないし、好きな仕事も続けていかなければならない。命がどれだけ大切かわかっているから、自分を傷つけるようなことはしないわ」と山本綾音は言った。「それに、朝岚があれほど必死に私を救ってくれたのに、その命を無駄にするわけにはいかないでしょう」