山本綾音は携帯を取り出し、母親に電話をかけて、友人と急に会うことになって一緒に食事をするので、帰りが遅くなると伝えた。母親を心配させないためだった。
通話が終わると、温井澄蓮は山本綾音を横目で見て、「お父さんは退院したの?」と尋ねた。
「うん」と彼女は小さく答えた。
温井澄蓮は少し落ち着かない様子で軽く咳払いをし、「もし今後の治療費で何か必要なことがあれば、私に言ってきて」と言った。
山本綾音はその言葉を聞いて、驚いたように相手を見つめた。
温井澄蓮はますます落ち着かなくなり、「あなたのためじゃないわよ。お兄さんのためよ。お兄さんは記憶を失ってしまったけど、もし記憶がなくならなかったら...」
「分かってます」と山本綾音は言った。「ありがとう。でも大丈夫です。今の家の貯金で父の医療費は何とかなりますし、これから私も働いて稼げるので、問題ないと思います」