誰も本当に信じたことがない

仁藤心春は静かな目で温井卿介を見つめた。「あなたは誰かを本当に信じたことがないのね」

温井卿介の瞳が暗くなり、薄い唇が一文字に結ばれた。

「もし本当に誰かを信じたことがあるなら、どんなことが起きても、その人はあなたを見捨てないと信じられるはずよ」彼女は静かに言った。

彼女の言葉を、彼は笑止だと感じた。

母は彼を産んだが、温井家に入れないと分かると彼を捨て、父は母を引き止められないと分かると同じく彼を捨てた。祖父も彼を温井家を継ぐための駒としか見ておらず、祖父の期待に応えられなければ、いつでも簡単に捨てられる存在だった。

「この世界に、利害関係のない献身なんてないんだ。所謂献身というのは、利益があるからこそ。その利益がなくなれば、いつでも変わる。今の秋山瑛真のように、お前に尽くすのは愛しているからだ。でも、これから先はどうだ?人生は長い。五年後、十年後、彼はまだお前をそれほど愛しているだろうか?」彼は皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。