塩浜市に戻ってきてから一ヶ月が経ち、生活にも少しずつ慣れてきた。仁藤心春はまだ薬を服用し続ける必要があったため、秋山瑛真は市内の専門医療チームを手配し、彼女の病状を担当させることにした。
仁藤心春は当然、病院で全身検査を受け、過去数年間の病歴も医療チームに提出した。
検査の結果、彼女の体調の回復は良好で、2週間に1回の診察を受け、薬を継続して服用するだけでよいということだった。
水曜日、仁藤心春は娘を連れて病院に薬をもらいに行き、診察を受けた。秋山瑛真は診察に付き添うと言ってくれたが、心春は一人で行くと主張した。
「毎回の診察にあなたが付き添ってくれたら、私まるで本当の病人みたいで、あなたから一歩も離れられないような気がするの。簡単なことは自分でできるから、自分でやりたいの。本当にあなたの付き添いが必要な時は、必ず言うわ!」昨夜、仁藤心春は秋山瑛真にそう言った。
しかし秋山瑛真にとっては、目の前のこの女性にもっと自分に頼ってほしかった。自分から離れられないほどに。
だが彼も彼女に過度なプレッシャーをかけたくなかったし、束縛感を与えたくなかった。
今このように彼女のそばにいられること、彼女に愛されようとしていることだけでも、とても素晴らしいことだった。
「わかった、一人で行きなさい。何かあったら電話してくれ」と彼は言い、優しく彼女の頬の髪をかき上げた。
その時、病院で、仁藤心春が新しい薬を受け取ったところで、展志ちゃんがおしっこに行きたいと言い出した。
そこで心春は娘をトイレに連れて行った。
個室に入った直後、外で誰かが話しているのが聞こえた——
「あなた、本当に運がいいわね。温井二若様を射止めて、今じゃ身なりも全然違うもの」女性の声が響いた。
仁藤心春の体が突然こわばった。塩浜市で温井二若様と言えば、ほとんどの場合、温井卿介のことを指すはずだ。
「ふふ、何を射止めたって。私と二若様は本気なのよ」もう一人の女性の声が上がった。
「まさか温井家の奥様になる夢でも見てるの?目を覚ましなさいって。結局、二若様があなたに惹かれたのはその顔だけよ。もしもっとそっくりな女性が現れたら、あなただって捨てられるわ。二若様が今まで捨ててきた代役たちみたいにね」