バン!
小さな子供は、いつの間にか現れた黒いスーツの男に抱き止められた!
「この子を外に連れて行け。目立たないようにな」温井卿介は命じた。
「はい」相手は応じ、子供の泣き叫びともがきを無視して、強引に抱えて出て行った。
「私の子供を返して!」仁藤心春は叫び、追いかけようとした。
しかし温井卿介は彼女をしっかりと抱きしめ、一歩も動けなくさせた。展志ちゃんがトイレから連れ出され、完全に視界から消えるのを見た仁藤心春は更に焦り、必死に温井卿介の腕から逃れようともがいた。
「離して、離して!」彼女は叫んだ。
温井卿介は仁藤心春をただ強く抱きしめ、彼女の首筋に顔を深く埋め、その香りを嗅いだ。
彼女だ。本当に戻ってきた。生きて彼の前に戻ってきたのだ。もはや夢の中の儚い存在ではない。