「帰ってきたのね」仁藤心春は言った。彼の帰宅時間は、彼女が思っていたよりも少し早かった。
温井卿介は顔を曇らせ、一歩一歩と仁藤心春の前まで歩み寄った。その墨のように黒い鋭い瞳で、彼女をじっと見つめていた。
彼の様子の異変に、彼女の心には突然ある種の不安が湧き上がった。危険な感覚が彼女の体中に満ちていき、まるで本能が今の彼から早く逃げるよう促しているかのようだった。
「どうしたの?何かあったの?」彼女は心の不安を押し殺して尋ねた。
温井卿介はそれでもただ彼女を見つめるだけで、その視線はまるで彼女を見透かそうとしているようだった。
「あなた…」仁藤心春は眉をひそめ、彼の手に持っている香り袋に気づいて一瞬固まった。これは彼女が彼にあげた香り袋ではないか。しかし今、その香り袋は汚れて破れているように見えた。
もしかして香り袋のことで、彼の機嫌が悪くなっているのだろうか?
「香り袋はもう一つ作ってあげるわ、この破れたのは…」彼女の言葉が終わる前に、彼に遮られた。
「もう一つ作る?」温井卿介は突然笑い出した。しかしその笑顔は、仁藤心春に背筋が凍るような感覚を与えた。「もう一つ作るのは、そんなに簡単なことだと思っているのか?」
「難しくないわ、ただ数日かかるだけよ」彼女は答えた。
「そうか?」彼は口角を微かに動かした。「この香り袋は、俺だけが持っているものだと言ったよな?」
「うん」彼女は頷いた。
「本当に嘘をついていないのか?」彼は彼女をじっと見つめた。
周囲の空気は、まるで目に見えない圧迫感に満ちているようだった。仁藤心春は温井卿介の視線に向き合い、心の中でますます強くなる不安感を無視しようと努めた。
「もちろん嘘なんてついてないわ、この香り袋は、あなただけにあげたものよ」彼女は言った。
彼のまつげが微かに震え、彼は小さな声で言った。「お姉さん、俺が言ったことを覚えているか?もし本当に俺を騙すつもりなら、一生俺を騙し続ける覚悟をしろ、一生俺に真実を知られないようにしろ、さもなければ、最初から騙すな!」
仁藤心春は困惑した表情を浮かべた。「私があなたを騙した何を…」
彼女の言葉は途中で突然途切れた。なぜなら、その時温井卿介が懐からもう一つの香り袋を取り出したからだ。