第52章 席を譲る

十万元で夏目家の方々を狂わせないようにできるなら、夏目星澄はそれだけの価値があると思った。

少なくとも当分の間は嫌がらせを受けることはないだろう。

霧島冬真の前で騒ぎ立てることもないはずだ。

しかし夏目家を出た後、どこへ行けばいいのか分からず、結局会社に行って作曲を続けることにした。

一生懸命お金を稼がなければならない。今は金だけが彼女に最大の安心感を与えてくれるのだから。

ついに一週間後、彼女は中国風の恋愛ソング『愛の終焉』を作り上げた。

芦原雅子は試聴した後、すぐに涙を流した。

夏目星澄の手を握りしめ、声を詰まらせながら「星澄、信じて。この曲は絶対に大ヒットするわ!」

夏目星澄は当然、芦原雅子の能力を信じていた。この曲をうまくプロモーションできるはずだ。

そう考えていると、突然携帯が鳴った。

夏目星澄が電話に出ると、林田瑶子の怒鳴り声が聞こえてきた。「星澄、信じられる?梁川千瑠が霧島グループ傘下の芸能プロダクションに女優として入社したのよ。しかも、デビュー作からいきなり主演だって!」

林田瑶子がこのニュースを知ったのは、以前好きだった小説がドラマ化されることになったからだった。

今日、キャスト陣が正式発表された。

その中で主演を務めるのが梁川千瑠だった。

だから彼女はこんなにも怒っているのだ!

そう思うと、彼女は思わず霧島冬真を罵った。「霧島冬真、頭おかしいんじゃない?自分の奥さんが他の会社で一生懸命作曲して働いているのに、他の女を売り出すなんて!」

夏目星澄は苦笑いを浮かべた。「どうしようもないでしょう。あの人は社長なんだから、誰を推したいと思えば、その通りにできるのよ」

「あなただって社長夫人でしょう。彼のやり方はひどすぎるわ。星澄、あなたは優しすぎるのよ。あの二人があんなことをしているのに、もう我慢しないで。離婚しなさいよ!」林田瑶子は、もう夏目星澄に霧島冬真のところで苦労してほしくなかった。

夏目星澄は林田瑶子ほど怒ってはいなかった。離婚は遅かれ早かれすることだが、今ではない。

少なくとも祖母が退院して、体調が良くなってからにしよう。

「安心して。私は自分が損をするようなことはしないわ。分かってるから」