夏目星澄と中村英二は全ての話し合いを終えた後、オーディション会場を後にした。
外に出ると、神田晓良が興奮した様子で近づいてきた。「星澄さん、すごいですね!監督が直接あなたを主役に決めたなんて。影后さんは出番すらなかったのに。」
「私も、こんなに運が良いとは思わなかったわ」夏目星澄は胸をなでながら安堵の表情を浮かべた。今でも心臓が激しく鼓動しているのを感じる。
神田晓良は夏目星澄の前に寄り、小声で褒め称えた。「やっぱり演技力があったからこそ、監督がその場で決められたんですよ。副監督がこのニュースを発表した時、外で待っていた人たちが呆然としていたんです。特に影后さんは、顔が完全に崩れていましたよ。」
夏目星澄は表情を硬くした。知らず知らずのうちに影后の怒りを買ってしまったようだ……
彼女は神田晓良の肩を軽く叩いた。「もういいわ。他人のことは気にしないで。帰りましょう。」
現地でもう一泊してから、翌日潮見市に戻った。
夏目星澄はこの良い知らせを母親に直接伝えて、一緒に喜びたいと思った。
しかし帰ってみると、母の顔色が以前よりもずっと悪くなっていた。
「お母さん、どうしたの?体調が悪いの?」
松岡静香は元気を振り絞って答えた。「いいえ、何でもないわ。私は元気よ。」
夏目星澄は母の言葉を信じなかった。「お母さん、全然元気そうに見えないわ。本当のことを話して。一体どうしたの?」
松岡静香は再び答えた。「ここは食事も住まいも良くて、本当に快適よ。」
ここでの生活が良いのなら、病院の外で何か心配事があったに違いない。
夏目星澄は真っ先に田中雨生たちのことを思い浮かべた。
母を悩ませるのは、あの嫌な連中しかいないはずだ。
「わかったわ。ゆっくり休んで。あと一ヶ月ちょっとで退院できるから、その時は信頼できるヘルパーさんを雇って面倒を見てもらうわ。」
「そんな必要ないわ。退院したら自分で何とかできるから、そんなお金を無駄にしないで。」
「無駄なんかじゃないわ。二ヶ月後には撮影に入るから、一人で家にいるのは心配だもの。ヘルパーさんがいれば私も安心できるわ。」
松岡静香は断れないと悟り、それ以上何も言わなかった。
夏目星澄は母としばらく話した後、霧島冬真のところへ行き、二ヶ月後に撮影に入ることを伝えた。