キスシーン?
霧島冬真はその二文字を聞いて、全身が不快感に包まれた。
「撮らなくてもいいのか?」
「もちろんダメよ。ストーリー展開に必要だし、これは恋愛ファンタジーなのよ。キスシーンがないのはおかしいでしょう。だから前もって言っておくわ」
霧島冬真は怒りを感じたが、それを表に出すことはできなかった。
彼は夏目星澄がこの映画をしっかり撮り終えるまで待つと約束したのだ。その約束を破るわけにはいかない。
しかし、自分の女が他の男とキスをするのを見過ごすなんて、とても耐えられない。
夏目星澄は明らかに霧島冬真の様子がおかしいことに気づき、そっと尋ねた。「私の仕事、理解してくれるよね」
霧島冬真は重々しくうなずいた。
夏目星澄は彼の手を取り、優しく慰めるように言った。「じゃあ、先にホテルで待っていて。撮影が終わったらすぐ戻るから」
霧島冬真は眉をひそめて夏目星澄を見つめた。「俺を残さないのは、キスシーンを見て怒るのを心配してるのか?」
夏目星澄は霧島冬真のことをよく分かっていた。彼の性格なら、見たら必ず怒るだろう。もしかしたら、もっと恐ろしいことをするかもしれない。
そのとき神田晓良が近づいてきた。「星澄さん、撮影が始まりますよ。監督が準備できたか聞いてます」
夏目星澄は頷いた。「分かった、今行くわ」
彼女が振り向いた途端、霧島冬真も後を追った。
夏目星澄は再び振り返り、「ついて来ないで。早くホテルに戻って。晓良、彼をホテルまで送ってあげて」
神田晓良は霧島冬真の険しい表情を見て、言葉を発するのも怖くなり、ましてやホテルまで送る勇気なんてなかった。
夏目星澄はもうそんなことは気にしていられず、急いでカメラの前に向かい、中村英二の演出指示を聞いた。
「これから二人は台本通りに台詞を言って、お互いの気持ちを確認した後、それぞれ部屋に戻る。ヒロインは主人公の体を心配して、夜にこっそり様子を見に来る。そこで思わず頬にキスをする。これで女主人公の愛情が表現できる」
夏目星澄はこれを聞いて心の中でほっと胸をなでおろした。頬へのキスで済むなら良かった。本当にキスシーンだったら、彼女も相当なプレッシャーを感じただろう。
中村英二は手を叩いた。「よし、二人とも理解できたな。じゃあ始めよう!」
本番撮影開始。