小山千恵子は見知らぬ病室に横たわり、眠れずにいた。
湖畔クリニックは繁華街から離れており、夜はより一層静かだった。
窓の外は湖全体を見下ろせる高台だった。
月の光が波立つ湖面に降り注ぎ、耳を澄ませば、風が草木を揺らす音が聞こえた。
確かに療養には最適な場所だった。
しかし、小山千恵子は眠れなかった。
彼女の右目が絶えずピクピクと痙攣していた。
そのとき、クリニックの洋館の入り口から、車の音とドアを閉める音が聞こえてきた。
小山千恵子は心臓が喉まで飛び出しそうになった。
こんな遅い時間に、ここに来られるのは、浅野武樹以外に誰がいるだろうか?
夜も更けて、医療チームは別棟で休んでいた。
藤原晴子は一日中疲れており、すでに帰らせていた。
小山千恵子は考える暇もなく、熊谷玲子のフルーツナイフを枕の下に隠した。
革靴の音がロビーから小山千恵子のいる階まで近づいてきた。
ドアの外で騒がしい気配がし、おそらく夜勤の看護師が音を聞きつけて来たのだろう。
「お客様、どちらさまでしょうか?患者様はもう休まれています。お帰りください。」
若い看護師の声は少し震えていた。
目の前の背の高い男性は、厳しい表情で、上位者特有の反論を許さない雰囲気を漂わせており、彼女は制止する勇気が出なかった。
浅野武樹は彼女を一瞥した。
「私は患者の家族だ。ここへの転院は、私の同意なしで行われたようだな。」
若い看護師は大きく驚いた表情を見せた。「あ、あなたが浅野社長様?」
藤原晴子は帰る前に、もし家族だと名乗る浅野という姓の男性が来たら、すぐに連絡するように伝えていた。
浅野武樹は鼻で冷ややかに笑い、小山千恵子の病室のドアノブに手をかけた。
カチッという音がしたが、ドアは施錠されていて開かなかった。
浅野武樹は震える若い看護師を冷たく見つめた。
何も言わなかったが、その圧迫感に息が詰まりそうだった。
若い看護師は本能的にキーカードをかざし、ドアを開けた。
浅野武樹は手でドアを押し、中に消えた。
ドアの外には、背の高い屈強なボディーガードたちが不機嫌な顔で並んでいた。
若い看護師が電話をかけようと逃げ出そうとしたとき、スーツ姿の男性に押しとどめられた。
「藤原晴子さんに連絡するように言われたんですよね。もう少し待ってください。」