第75章 あなたの母は小山雫に殺されたわけではない

小山千恵子は軽く笑い、信じられないという表情を浮かべた。

「浅野社長がようやく約束を守って離婚を承諾したのかと思いました。でも別の算段があったんですね。さすが帝都一の若手実業家です」

浅野武樹は冷たく小山千恵子を見下ろし、不機嫌な表情を浮かべた。

「鑑定結果を受け取って番組を降りると思っていたが、期待し過ぎだったようだな」

小山千恵子は目を逸らすことなく、浅野武樹の底知れない黒い瞳をまっすぐ見つめた。

「確かに番組を降りると約束しました。でも浅野家の名誉を守るとは一言も言っていません」

彼女は浅野武樹が手に持つ書類に視線を落とした。

「それに、もう私は浅野家の人間ではないでしょう」

浅野武樹の目が揺らめき、顎の線が引き締まり、不快な表情を浮かべた。

彼には理解できなかった。なぜ小山千恵子がこんなにも抜け目なく、彼に逆らう女に変わってしまったのか!

かつての水のように優しく、穏やかで芯の強い小山千恵子は、もういなくなってしまった。

浅野武樹は胸が何度か上下し、長い足で歩いてドアまで向かった。

去る前に、ベッドに半身を横たえる女性を一瞥した。

血の気のない顔が、月明かりに照らされ、どこか悲しげに見えた。

翌日の取締役会で、浅野武樹は珍しく心ここにあらずの様子だった。

私立病院を出てから、心の中に何かが欠けているような感覚が続いていた。

取締役会の全員が、獲物を狙う虎のように彼の一挙手一投足を見つめているというのに。

浅野グループの稀に見るスキャンダルに対して、取締役会の忍耐は限界に近かった。

世間では、浅野武樹は帝都で一手に天下を取る御曹司だけあって、自分の後院から出た火で株価を30%も下げることができると噂されていた。

浅野武樹はここ数日、年配の役員たちに呼び出されて辟易していた。

長い指でテーブルを軽く叩く音は小さかったが、会議室全体が静まり返った。

男は低い声で切り出した。「今回の世論については、主に競合他社が流したリリースで、すでに広報部に対応を指示した。この件の処理について」

浅野武樹は一旦言葉を切り、両手を組んで、眼鏡の奥に目を隠した。

「私はすでに小山千恵子と協議離婚し、同時に桜井美月も治療の名目で一時的に海外へ送ることにした。その際には、浅野家の株価と時価総額の回復を確実にする」