第90章 彼女との結婚指輪をまだつけている

実は桜井美月の足の怪我は、ずっとそれほど深刻ではなかった。

あの舞台事故の後、小山千恵子を罪に定めるため、弁護士と協力して怪我の状態を誇張したのだ。

しかしその間、浅野武樹の行き届いた世話を受け、彼女はこの温もりに溺れてしまった!

この不自由な足が浅野武樹からこれ以上の同情を引き出せなくなれば、もはや意味がない。

使用人は慌てて手を離し、桜井美月がしっかりと立っているのを見て、驚きの表情を浮かべた。

「お嬢様、歩けるようになられたのですか?」

桜井美月は凶暴な光を目に宿し、鋭い声で言った:「当たり前よ、歩けるわ。車椅子は捨てて、杖を持ってきて。」

彼女はただ長く座りすぎて足の筋肉が少し萎縮しただけで、骨や神経はとっくに大丈夫になっていた。というより、そもそも怪我などしていなかったのだ。

歩けるようになったからには、もうこんな辺鄙な場所にいる必要はない。すぐに浅野武樹の元に戻らなければ!

寺田通は黒のマイバッハを運転し、浅野武樹を控えめな豪華さを持つある邸宅の門前まで連れて行った。

浅野武樹は車を降り、サングラスが鋭い審視の眼差しを隠していた。

邸宅は一等地にあったが、名家らしい派手さはなかった。

しばらくすると、普通のシャツとスラックスを着た老執事が出てきて、手にゴミ袋を持って規則正しく門前に置いた。

「お二方とも、ご主人様は面会できかねます。お引き取りください。」

老執事は慣れた様子を見せていたが、寺田通はそれでも声をかけた。

「お待ちください。浅野社長は帝都から特別にお会いに参りました。浅野家の株式について先様とご相談させていただきたく存じます。これが私どもの誠意でございます。ご主人様にお渡しいただけますでしょうか。」

老執事は書類を受け取り、すぐにその場で目を通し始めた。

寺田通は浅野武樹の方を見たが、彼はただポケットに手を入れて待っているだけだったので、制止はしなかった。

老執事はゆっくりと書類を読み終え、そのまま寺田通に返した。

「承知いたしました。ご主人様に申し上げ、早急にご返答させていただきます。」

そう言うと、門の向こうに消えていった。

遠路はるばるA国まで来たのに、門前払いを食らってしまった。

浅野武樹は車の中に座り、後部座席に寄りかかって休んでいた。目の下には少し隈が見えた。