第120章 彼のことを心配してるの?

小山千恵子は隠れた場所で体を丸めて、頭の中は混乱していた。

彼女は分かっていた。最善の策は放っておくことだと。

シシさんは既に彼女の退路を用意してくれていた。72号のコンテナに乗りさえすれば、この罪深い場所から安全に脱出できるはずだった。

そして浅野武樹は、桜井美月の手に落ちさえすれば、黒川芽衣がどれほど残酷でも命の心配はないはずだった。

しかし、彼女の心の中で何かが裂けていくような感覚があった。

浅野武樹がやって来た時、このクルーズ船で何が待ち受けているのかを知っていたはずだ。

桜井美月の部屋のドアがバンと開き、千恵子は桜井美月と黒川芽衣が部屋を出て、何かを話しているのが聞こえた。

「まだ目が覚めないの?どれくらい打ち込んだの?」

「二本打ったから、目が覚めても夜になるわ。急がなくていいわ。先にスパでも行って、何か食べましょう。夜は、たっぷり楽しめるわよ」

「もう、なに言ってるの……」

二人の笑い声が遠ざかっていく中、千恵子は足を止め、胸が締め付けられる思いだった。

黒川芽衣が正々堂々とした手段を使うはずもなく、この船の上では誰もが目的のためには手段を選ばないのだ。

浅野武樹は桜井美月のスイートルームに閉じ込められ、薬の効果で意識を失ったままだった。

千恵子は遠く水平線に沈もうとする夕陽を見つめていた。

あと数時間耐えれば、72号コンテナと共に帝都に戻ることができる。

千恵子は桜井美月の部屋のドアが見える場所に身を隠し、思わずそのドアの様子を窺っていた。

中に入るつもりも、救出するつもりもなかった。

たとえ浅野武樹が彼女のために危険を冒したとしても、借りを返せば、彼女と浅野武樹は際限なく関わり合いを持つことになる。

どれくらい時が過ぎたのか、空は完全に暗くなっていた。

船内は華やかな灯りに彩られ、歌と踊りで賑わっていた。

一方で、クルーズ船の暗部では、陰謀が渦巻き、闇取引が行われていた。

シシさんは監視の目を慎重に避けながら、千恵子に最後の注意を与えに来た。

「全て手配は済んでいるわ、問題ないはず。でもあなたのドレスは黒川芽衣が拾ったみたいね。何に使うつもりか分からないけど。気をつけて」

千恵子は味気なく食事を口に運びながら、動きの無いあのドアに目を向けた。