藤原晴子は黙っていたが、涙はすでに溢れていた。
「千恵子、まだやり残したことがあるでしょう?桜井美月をこのまま好き勝手にさせておくの?あなたの実の父親も、まだ見つかっていないのに……」
小山千恵子は行き交う作業員たちを見つめながら、まるで超然とした傍観者のように感情の起伏を見せなかった。
桜井美月か?彼女は欲しいものを手に入れたのだ。
浅野武樹はすでに黒川家に婿入りすることを承諾し、彼女の夫となる。今さら復讐を仕掛けても、浅野武樹との関係をこじらせるだけだ。
小山千恵子も死ぬ前に実の父親に会いたいと思っていた。しかし、黒川奥様から伝えられた言葉には一理あった。
多くの事は、真相が明らかになることで却って災いを招く。会わないことが、運命の配剤かもしれない。
小山千恵子は、もはやこの世に執着するものを見出せなくなっていた。
「晴子、もうそんなことは気にしないで。前を向いて生きて、憎しみは忘れた方がいいわ」
藤原晴子は涙を流したまま、反論の言葉を見つけられなかった。
彼女は小山千恵子が以前のように、桜井美月に対して容赦なく接してほしいと切に願った。
憎しみもまた、人が生き続けるための原動力となる。
しかし今や、祖父を失った小山千恵子は、まるで空っぽの殻のようだった。
もはや彼女の心を満たすものは何もない。
藤原晴子が拳を握りしめる一方で、小山千恵子は砂のようだった。
強く握れば握るほど、彼女は静かに消えていくようだった。
「わかったわ、無理強いはしない。あなたのやりたいことを、しっかりとやり遂げましょう」
小山千恵子はティッシュを藤原晴子に渡し、彼女の髪を撫でた。
「おじいさまの葬儀には、まだたくさんやることがあるわ」
藤原晴子は涙を拭い、少し落ち着きを取り戻して、鼻声で話し始めた。
「じゃあ……浅野武樹の件はどうするの?」
小山千恵子の表情が暗くなった。
祖父の葬儀に浅野武樹を招かないわけにはいかない。結局、彼も恩師の弟子なのだから。
しかし小山千恵子は今、本能的に浅野武樹との関係を断ち切りたいと思っていた。
一つには、お互いの安全のため。
もう一つは、自分が重病であることを知られたくなかったから。
かつての恋人の前で、まだ滑稽なプライドが邪魔をしていた。