第137章 遺書はもう書いてある

千葉隆弘は椅子に座り直し、机の上の資料に目を落とした。

小山千恵子の骨髄適合検査の結果はまだ出ておらず、今は浅野武樹と争う気分ではなかった。

目の前のこの薄情な男のことを考えると、小山千恵子が何年もの間彼を愛し続けていたことに、千葉隆弘の胸の内で怒りが湧き上がった。

そして今、どういうわけか桜井美月という女と婚約したというのだ!

浅野武樹は一歩後ずさり、画面上のメッセージを見つめたが、反論することはできなかった。

その通り、確かに彼がこの縁談を承諾したのだ。

どんな代償を払うことになろうとも、小山千恵子の安全が確保できるのなら、それ以上何も望まなかった。

しかも、小山千恵子も離婚を決意しているのだから、この流れに乗るのも悪くはないだろう。

すべてが落ち着いて、黒川家の処理が終わった後で、小山千恵子に全てを打ち明けよう。

「千恵子は...元気にしているか?」

千葉隆弘は浅野武樹の掠れた声での問いかけを聞き、眉を上げて書類の山から顔を上げた。

「彼女は元気だし、安全だ。浅野社長が気にかける必要はない。あなたが彼女から離れていた方が、むしろ彼女の安全が保たれるでしょう。」

千葉隆弘はこの言葉が当然のように浅野武樹の怒りを買うと思っていた。

小山千恵子に向けられた矛先は、最初は全て桜井美月への叶わぬ愛が原因だった。

浅野武樹の容認と無為が、その小さな嫉妬心を途方もない憎しみへと発酵させたのだ。

しかし目の前の男は目を細めただけで、怒りを爆発させることはなかった。

千葉隆弘は一瞬躊躇してから視線を戻し、退去を促した。

「用事があるので、これで失礼します。」

浅野武樹と寺田通が千葉隆弘のオフィスを出て車に乗り込むと、道中は無言が続いた。

浅野武樹は目を閉じ、後部座席に頭を支えて寄りかかっていた。

寺田通は彼が休息を取っているのか、本当に眠っているのか分からなかった。

黒川家が浅野家に手を出して以来、浅野武樹は内部と外部からの二重のプレッシャーに晒されていた。

このまま続けば、浅野グループの資金繰りの穴を、浅野社長はもはや必死に支え続けることができず、最後の一手を打つしかなくなる。

手持ちの株式を売却し、自分の全てを犠牲にして、浅野グループを守るしかない。

もちろん、その時には浅野グループは浅野の名を冠さなくなるだろう。