黒川芽衣はナプキンで口を拭うと、慎重に切り出した。「お兄様、ずっと外出を控えめにされていましたが、今はメディアや名家の目が墓地に向いていますから、姿を見せるのは難しいのではないでしょうか」
黒川啓太は箸を置き、冷たい眼差しで傍らの女性を一瞥すると、急に室温が下がったかのように、黒川芽衣も身震いした。
もう誰も声を出す勇気はなかった。
彼がどこに行くか、今でも誰も口を挟む権利はなかった。
黒川啓太はナプキンを置き、湖畔の住まいへ戻った。
書斎に入ると、躊躇いながら引き出しを開け、黄ばんだ一枚の写真を取り出した。
写真の中の女性は優しく微笑み、妊婦のお腹を抱えていた。
顔色は良くなかったが、笑顔は穏やかで幸せそうだった。
当時の自分はまだ若く、黒川家の最年少の家長として、意気揚々としていた。帝都で思いのままに振る舞い、眉間には誇りと凛々しさが漂っていた。
手にはめた家紋の指輪は、自分の身分と地位の証だった。
その頃の彼は、自分にできないことはないと思っていた。しかし後に、自分の女さえ守れなかった。
その後起きた悲劇で、すべての幸せが泡と消え、彼も姿を隠さざるを得なくなり、黒川家は一夜にして崩壊した。
それでも、彼が背負った罪は消えることはなかった。
黒川啓太は骨ばった指で写真の女性の妊婦のお腹を撫で、珍しく瞳を震わせた。
この小さな命も、母親と共に逝ってしまったと思っていた。
かつて必死に探し回ったが、何の手がかりも得られなかった。
長年、愛する女性と子供は、もうこの世にいないと自分に言い聞かせてきた。
しかし、あのペンダントが本物なら……
黒川啓太は目を閉じ、胸が激しく上下し、心が落ち着かなかった。
急いでテーブルに向かい、お茶を一杯飲んだが、心はまだきつく締め付けられていた。
日が暮れるまでまだ時間があることを確認し、黒川啓太は長いため息をつくと、決心して老執事に電話をかけた。
「あのペンダントを持ってきた女性が、どこに埋葬されているか調べてくれ」
真相がどうであれ、向き合わなければならない。
葬儀の件が落ち着き、藤原晴子は早々に海都市へ向かう準備をしていた。
小山千恵子が危険な状態を脱してから数日が経ち、これから彼女と相談しなければならないことが山積みだった。