寺田通は手の中の退職届を握りしめ、手を震わせながら「浅野社長、あなたは……」
浅野武樹は目を閉じ、手を上げて彼に話すのを止めさせた。「寺田君、来週、父が取締役として戻ってくる。君は父を補佐して浅野家の業務を処理してくれ」
寺田通は驚いて「では社長、どちらへ?」
彼は胸が締め付けられた。浅野武樹のこの言葉は、まるで後事を託すかのように聞こえた。
小山千恵子の葬儀以来、浅野武樹は仕事に没頭していた。明らかに、自分の時間をすべて埋めることで、小山千恵子のことを考えないようにしているのが分かった。
しかし、そのような無理も限界がある。人は永遠に自分を欺き続けることはできない。
浅野武樹は目を伏せ、その中には気づきにくい優しさがあった。
「千恵子にはまだ、完了していない事がある。私が彼女の代わりに終わらせなければならない」