寺田通は手の中の退職届を握りしめ、手を震わせながら「浅野社長、あなたは……」
浅野武樹は目を閉じ、手を上げて彼に話すのを止めさせた。「寺田君、来週、父が取締役として戻ってくる。君は父を補佐して浅野家の業務を処理してくれ」
寺田通は驚いて「では社長、どちらへ?」
彼は胸が締め付けられた。浅野武樹のこの言葉は、まるで後事を託すかのように聞こえた。
小山千恵子の葬儀以来、浅野武樹は仕事に没頭していた。明らかに、自分の時間をすべて埋めることで、小山千恵子のことを考えないようにしているのが分かった。
しかし、そのような無理も限界がある。人は永遠に自分を欺き続けることはできない。
浅野武樹は目を伏せ、その中には気づきにくい優しさがあった。
「千恵子にはまだ、完了していない事がある。私が彼女の代わりに終わらせなければならない」
寺田通は思わず尋ねた。「では、終わった後は?」
浅野武樹は首を振り、再び契約書の処理に没頭した。
寺田通は心配そうな表情で、重々しい面持ちで社長室を出た。
印刷した退職届は提出できなかった。この時期に、浅野家を安心して去ることはできなかった。
彼は、小山千恵子が亡くなれば、浅野武樹は後悔し、魂を失ったようになると思っていた。そして彼の性格から、自分を追い込み、かつての冷徹な性格に戻り、心の中に深い傷を隠すだろうと。
しかし今の浅野武樹は、まるで檻の中の獣のようだった。彼は今日まで、小山千恵子がこの世を去ったという事実を受け入れていなかった。
浅野武樹は小さなソファから視線を外し、最新のメールを開くと、表情が和らいだ。
「千恵子、覚えているかい?これは君がミラノで初めて賞を取った時のもので、私たちは一緒にパーティーに行ったね」
誰もいないオフィスには、浅野武樹のつぶやきだけが響いていた。
彼は俯いて微笑んだ。「君は個展を開きたがっていたよね?分かっているよ、全部覚えているよ」
かすかな反響が広い空間に散らばり、誰も応えなかったが、男は満足そうだった。
半年以内に、かつての小山千恵子のすべてのデザイン作品は、サンダースの名義であれ小山千恵子の名義であれ、意図的に買い取られていた。
これは小さな金額ではなく、この行動は国内外のデザイン界を震撼させた。