浅野実家。
かなりの時間をかけて、桜井美月は家全体をほぼ片付け終えた。
浅野遥の黙認を得たため、全過程は順調で、家には小山千恵子の痕跡は一切残っていなかった。
今日は浅野武樹が引っ越してくる日だった。
寺田通は黒のカリナンで浅野実家の中庭に入り、トランクから二つのスーツケースを取り出した。これが浅野武樹の荷物の全てだった。
桜井美月は既に玄関で待っていたが、来たのが寺田通だけだと分かると、一瞬表情が曇った。
寺田通は桜井美月に頷いて挨拶を済ませた。
以前の出来事があって、彼は心の底からこの女を軽蔑していた。
しかし、今や彼女は堂々と浅野実家に入り込んでいる。部外者の自分には、何も言えなかった。
寺田通はスーツケースを持って、慣れた様子で二階に上がり、主寝室の前まで来た。ドアを開けると、そこには既に女性と子供の用品が置かれていた。
ここは明らかに浅野武樹が普段使っていた部屋で、小山千恵子と結婚後も二人で住んでいた場所だった。
小山千恵子が去った後、ここには誰も手を付けようとしなかった。
寺田通はこめかみがピクリと動き、目を閉じてから、スーツケースを持って退出した。
桜井美月は寺田通を手で止めた。
「寺田補佐、ここに置いていただければ結構です」
寺田通は冷たい目で桜井美月を見て、少し力を入れてスーツケースを引き戻した。
「浅野社長の荷物は、私が玄関に置いておきます。どこに置くかは、本人が決めることです」
寺田通は最後の賭けに出ようと思った。
もし浅野武樹が本当に小山千恵子のことを忘れ、桜井美月との夫婦関係を受け入れて一緒に暮らすのなら、もう何も言うことはない。
深夜、浅野武樹は接待を終えて、ようやく浅野実家に戻ってきた。
居間で居眠りをしていた桜井美月は物音に目を覚まし、玄関まで歩いていった。
「武樹さん、お帰りなさい」
彼女は浅野武樹が脱いだコートを受け取り、鼻先に漂う薄いタバコとお酒の匂いを感じた。
浅野武樹は少し飲み過ぎたようで、目が霞んでいるように見えた。彼は桜井美月を見たが、特に何もしなかった。
桜井美月はコートを掛けると、素早く浅野武樹のスーツケースを支えた。「武樹さん、あなたがいらっしゃらなかったので、お荷物の整理もできませんでした。まずは部屋に持っていきましょうか?」