第165章 私の千恵子はもう死んでいる

藤原晴子は驚いて、小山千恵子の腕を掴んだ。「千恵子、あなたは必要ないわ……」

小山千恵子は頷いて、なだめるように言った。「ええ、分かってます。私には彼を助ける義務なんてないわ」

藤原晴子は追及した。「じゃあ、なぜまだ?」

小山千恵子は優子の背中を優しく叩きながら、自嘲的な笑みを浮かべて、低い声で話し始めた。

「浅野武樹は私にこう言ったことがあります。生きていてこそ、罪を償える。死は、なんて楽な逃げ道なのかと」

生きていてこそ罪を償える、そして清明に生きていてこそ、極限の後悔を味わえる。

小山千恵子は輝く瞳で病室の中の蒼白い顔の男を見つめた。

かつて世界の頂点に誇り高く立っていた人が、今は溺れかけている人のようだった。

自分が作り出した幻想の中で溺れ死にそうになっている。

小山千恵子は生気のない浅野武樹を見下ろすように見て、少し嘲るように笑った。

あの夜、中腹別荘の書斎で、浅野武樹は地面に這いつくばって懇願する彼女をこうして見下ろしていたのだろう。

見下ろす側の人間も、心の中では苦しかったのだ。

小山千恵子は腕の中の優子を強く抱きしめ、低く決然とした声で言った。「浅野武樹、まだ死んではいけない」

藤原晴子は安堵したように笑った。「千恵子、あなたたち二人を見るたびに分かるわ。この世界には運命の人というものがいて、どんなに逃げようとしても、最後には逃げられないのよ」

小山千恵子は足を止め、部屋を出る前に最後にもう一度病室の男を見た。

運命の人か。

別れと再会は運命だと言うけれど、多くの場合、それは人の選択ではないだろうか。

優子を紅霞寺に送り届けた後、寺田通が運転し、藤原晴子が助手席に座って、小山千恵子を住まいまで送った。

道中、藤原晴子は言いかけては止め、寺田通を見たり小山千恵子を見たりしながら、思い切って尋ねた。

「千恵子……浅野武樹にどう説明するつもり?」

小山千恵子は細い白い手を握りしめ、心の中でもまだ決めかねていた。

彼女は浅野武樹をどう騙すかだけを考えていて、彼と再会するつもりなど全くなかった。

まさか今になって、死を偽装したことについて、すべてを打ち明けなければならないとは。