浅野武樹は寝室に入り、ドアを閉め、バルコニーの端まで歩いて行き、長い指の間にタバコを挟んで火をつけた。
彼は快適なリクライニングチェアに座り、目を閉じて眉間をさすった。
違う、どこもおかしい。
浅野実家も彼に違和感を与えていた。
大病から回復して療養中の時、多くの記憶が曖昧で、覚えていないことがあれば、何とかして確かめようとした。
慎重に、チャンスを掴む、これが彼のビジネス界での一貫した姿勢だった。
しかし小山千恵子についての記憶に関しては、何も不自然なところは見つからず、ただの帝都に住んでいた普通の人に過ぎなかった。
しかし今回の彼女との出会い、そしてカフェでのチェキ写真が、すべてを変えてしまった。
彼の過去は、一体どのように小山千恵子と絡み合っていたのか?
大きな秘密の一端が、すでに明らかになりつつあるようだった。
浅野武樹は少し考え込んでから、携帯を取り出して数文字打ち、送信した。
【浅野武樹:寺田、小山千恵子について、調査は一旦中止してくれ。】
携帯を置くと、両手を組んでリクライニングチェアに寄りかかり、心の中で静かに計算していた。
もし誰かが意図的に小山千恵子の身分を隠しているのなら、寺田でさえも何も見つけられないかもしれない。
それに、あの落ち着いて機転の利く女性に、何か興味を覚え始めていた。思い出すと、まるで子猫の爪が心を引っ掻くような感覚だった。
面白い本は、自分でゆっくりと一ページずつめくって、最後に真相を見つけることが一番面白いものだ、そうだろう?
寺田通がメッセージを受け取った時、かなり驚いた。
彼はまだ小山お嬢さんについての調査報告をどう提出するか頭を悩ませていたため、先延ばしにしていたのだが、思いがけず浅野社長の方から要求を取り下げてきた。
それも良かった。小山お嬢さんが既に浅野社長と連絡を取り合っているなら、彼も困ることはなくなった。
今の急務は、数日後に開催される公開投資会の準備だった。
これを思い出すと、彼も頭が痛くなった。
三年前、浅野社長は小山お嬢さんのために、浅野家の本業とは全く関係のないファッションデザイン事業を何が何でもやると言い張った。
多くの苦労があり、様々な困難もあったが、ようやく軌道に乗ったと思ったら、今度は事業全体を浅野家から切り離そうとしている。