第197章 すぐに妻と呼ぶ

小山千恵子は顔を上げて寺田通を見ると、一瞬驚いて、笑顔で手を振った。

「忘れたの?私はここの株主よ」

そう言って、小山千恵子は見慣れた黒のカリナンに目を向けた。「寺田補佐、あなたは?ここで何をしているの?」

この様子では、浅野武樹がレーシングチームに来たのかしら?

浅野家の晩餐会で、あんなにはっきりと断ったのに……

寺田通は深く息を吸って、やっと表情を整えることができ、無理に笑顔を作った。

「桜井美月さんです。投資家として視察に招かれています」

小山千恵子の表情が変わり、急いで車庫へ向かった。

投資の視察?桜井美月が何を分かるというの?

彼女が来るのには、一つの可能性しかない。それは何か問題を起こすつもりだということ。

受付に着くと、小山千恵子は少し焦って尋ねた。「桜井美月はどこ?」

受付の女の子は気まずそうに目を泳がせた。「更衣室です。何か問題が起きたみたいで……」

小山千恵子の心が沈んだ。

桜井美月が来れば、やはり良いことなんて何もない!

彼女は急いで車庫に入り、案の定、更衣室の入り口に人だかりができていて、騒がしかった。

小山千恵子は気づかれないように近づき、議論の声に耳を傾けた。

「レーシングチームのメンバーがセクハラなんてするわけないでしょう?この連中は車のことしか頭にないのに……」

「さっき見た限り、あの数人は見たことない人たちだった」

「ライバルチームが私たちを陥れようとしているんじゃないか。桜井さんは災難だったね。この投資も台無しだろうな」

小山千恵子は心の中で冷ややかに笑った。

更衣室で起きたことは、もうほとんど推測がついていた。

彼女の予想が間違っていなければ、これは桜井美月の仕業で、彼女のいつもの卑劣な手段だ。

それに、もし本当にライバルチームなら、こんな生ぬるい手段は使わないはず。

小山千恵子は群衆の中を巧みにすり抜け、まず千葉隆弘の姿を見つけた。

彼の横に立ち、更衣室の中を見上げながら、落ち着いた声で話し始めた。

「みんな、なぜここに集まっているの?何があったの?」

井上晶子が桜井美月を抱きしめて慰めていたが、顔を上げると激しい口調で言い始めた。「全部あなたが——」