小山千恵子は顔を上げて寺田通を見ると、一瞬驚いて、笑顔で手を振った。
「忘れたの?私はここの株主よ」
そう言って、小山千恵子は見慣れた黒のカリナンに目を向けた。「寺田補佐、あなたは?ここで何をしているの?」
この様子では、浅野武樹がレーシングチームに来たのかしら?
浅野家の晩餐会で、あんなにはっきりと断ったのに……
寺田通は深く息を吸って、やっと表情を整えることができ、無理に笑顔を作った。
「桜井美月さんです。投資家として視察に招かれています」
小山千恵子の表情が変わり、急いで車庫へ向かった。
投資の視察?桜井美月が何を分かるというの?
彼女が来るのには、一つの可能性しかない。それは何か問題を起こすつもりだということ。
受付に着くと、小山千恵子は少し焦って尋ねた。「桜井美月はどこ?」
受付の女の子は気まずそうに目を泳がせた。「更衣室です。何か問題が起きたみたいで……」
小山千恵子の心が沈んだ。
桜井美月が来れば、やはり良いことなんて何もない!
彼女は急いで車庫に入り、案の定、更衣室の入り口に人だかりができていて、騒がしかった。
小山千恵子は気づかれないように近づき、議論の声に耳を傾けた。
「レーシングチームのメンバーがセクハラなんてするわけないでしょう?この連中は車のことしか頭にないのに……」
「さっき見た限り、あの数人は見たことない人たちだった」
「ライバルチームが私たちを陥れようとしているんじゃないか。桜井さんは災難だったね。この投資も台無しだろうな」
小山千恵子は心の中で冷ややかに笑った。
更衣室で起きたことは、もうほとんど推測がついていた。
彼女の予想が間違っていなければ、これは桜井美月の仕業で、彼女のいつもの卑劣な手段だ。
それに、もし本当にライバルチームなら、こんな生ぬるい手段は使わないはず。
小山千恵子は群衆の中を巧みにすり抜け、まず千葉隆弘の姿を見つけた。
彼の横に立ち、更衣室の中を見上げながら、落ち着いた声で話し始めた。
「みんな、なぜここに集まっているの?何があったの?」
井上晶子が桜井美月を抱きしめて慰めていたが、顔を上げると激しい口調で言い始めた。「全部あなたが——」