寺田は目を動かし、数歩横に避けた。「桜井秘書」
桜井美月は歯ぎしりするほど腹が立ったが、表面上の穏やかさを保たざるを得なかった。
「寺田補佐、よそよそしくしないで。私のことは浅野夫人と呼んでください。その方が慣れています」
小山千恵子はようやく顔を上げ、華やかな装いで入ってきた女性と、机の上の見慣れた茶封筒を見た。
「桜井秘書、こんにちは。何かご用でしょうか?」
小山千恵子は平然と声を掛け、自然に封筒を受け取って開けると、懐かしい小麦の香りとラテの香りが漂ってきた。
田島さんの卵サラダサンドイッチだった。シンプルだが、彼女の大好物だった。
コーヒーはまだ温かく、千恵子は蓋を開けて納得の笑みを浮かべた。
ダブルショットのラテ、田島さんは何もかも覚えていた。
千恵子は遠慮なく、朝食をゆっくり楽しもうと思い、コーヒーを一口すすって自然に言った。「寺田補佐、ご苦労様です。浅野社長によろしくお伝えください」
寺田は頷いた。「承知しました」
桜井美月の目に怒りの炎が燃え上がった。
浅野武樹が小山千恵子に朝食を持ってきたのはまだいい。彼女はここに10分もいるのに、まるで透明人間のように無視されている!
この仕打ちは我慢できなかった。
「特に用事はないんです。ただ私が就任したばかりで、社長室の管理業務とファッションデザイン事業を担当することになりましたので、状況を把握しに来ました」
桜井美月は小山千恵子のデスク周りを歩き回りながら、千恵子に話しかけるような素振りを見せたが、社長室全体に微妙な空気が漂っていた。
これは状況把握に来たのではなく、明らかに威嚇に来たのだった。
千恵子は片手にサンドイッチを持ち、もう片手でマウスを操作して溜まったメールを確認しながら、口の中で曖昧に言った。「ではご確認ください。私は仕事に戻ります」
カツカツとヒールの音が突然止まり、桜井美月は千恵子の態度に目の前が真っ暗になりそうだった。
小山千恵子は明らかに彼女に対抗する気だった!
彼女がもう隠す気がないなら、容赦なく手を下すまでだ。