浅野武樹はゴルフ場に着いたが、少し上の空だった。
この数日間、彼は小山千恵子のことを考えずにはいられず、記憶の中から何か手がかりを見つけようとしていた。
しかし、何も見つからないほど、彼の心はますます落ち着かなくなった。
以前なら、女性に振り回されるような感覚を嫌っていたはずだ。
でも小山千恵子は違う。彼女のことを考えると、心の中に何とも言えない満足感が湧いてくる。
まるで失くして再び見つけた宝物のように。
浅野武樹は物思いに耽りながらクラブを握り、打とうとしていた。そばのキャディは言いたそうにしていたが、浅野武樹が数球打ってから、やっと口を開いた。
「浅野社長、グローブをお付けになっていませんよ。お手を傷めないようにご注意ください」
浅野武樹は我に返り、自分のグローブがまだ脇に置いてあるのを見た。
グローブを付けながら、無意識に腕時計を見た。
キャディは慎重に腰を屈め、素早くボールを置いて、遠くに下がった。
浅野社長は今日、少し上の空のようだな。
浅野武樹は目を閉じて、気持ちを落ち着かせた。
まるで慌てた若造のようだ。
ゴルフを終えると、浅野武樹は専用のスイートでシャワーを浴び、着替えて、急いで階下へ向かった。
いつもの時間、いつもの場所なら、小山千恵子はきっとあのカフェで待っているはずだ。
今回は彼女より早く着いて、店主と少し話をしよう。
玄関に着くと、青い色が目に入り、浅野武樹が顔を上げると、小山千恵子の笑顔と目が合った。
「浅野社長、おはようございます」
浅野武樹は一瞬驚いたが、淡い笑みを返した。
「小山お嬢さん、おはよう」
やはり、この予想外な女性は、毎回彼に驚きを与えてくれる。
小山千恵子は堂々と前に進み、手に持っていたコーヒーを差し出した。
「今日はある場所にご案内したいので、先にコーヒーを買ってきました」
浅野武樹はコーヒーを受け取り、手の温もりが心まで染み渡るのを感じた。
誰かが自分を待っているという感覚は、本当に素晴らしい。
桜井美月も浅野実家のリビングでよく彼を待っているが、目的があるか、何かを求めているかのどちらかで、うんざりする。
浅野武樹は一口飲んでみた。やはり彼の好みのダブルエスプレッソだ。
「いいよ、どこへでも、君の言う通りに」