傍らにいたウィリアムがポケットから上質なハンカチを取り出し、小山千恵子に差し出しながら、近寄って小声で囁いた。
「後輩、素晴らしい発表だったよ。慌てることはない」
小山千恵子は礼儀正しく微笑んでハンカチを受け取ったが、耳は完全に浅野武樹の方に向いていた。
小山千恵子が目を上げて見ると、浅野武樹の冷たい視線と思いがけなく目が合った。
ふん、そうよね。浅野武樹はきっと様々な公式な言い訳を用意していて、この質問も公開投資会議で何度も答えてきたことだろう。
過去のことなんて持ち出すはずがない。私は一体何を期待していたのかしら。
少し悩ましげに視線を外した小山千恵子は、浅野武樹の顔に浮かんだ冷たい表情に気付かなかった。
「確かに、社会各界からこの問題について関心が寄せられており、以前にも公の場で正面から答えてきました。しかし、これから深い協力関係を結ぼうとするお客様に対して、より深い理由、つまり個人的な理由をお話しすることは構いません」