第246章 浅野武樹の側に囚われるべきではない

道中、小山千恵子は新しい生地を嬉しそうに撫で、袖の縫い目を注意深く見つめていた。

ウィリアムは、新しいおもちゃを手に入れた子供のような彼女を見て、少し面白そうに言った。「そんなに触っていたら、布地から火花が出るぞ」

小山千恵子は彼を睨みつけた。「あなたには分からないわ。新しい生地の素材は、不可能だと思われていたデザインを可能にするの。ただの一着の服以上の意味があるのよ」

ウィリアムは納得したように頷いた。彼は元プロのモデルで、途中からデザイナーになった身だった。家族の事業支援のおかげで、ファッション界の頂点に立つことができたのだ。

しかし最近の付き合いを通じて、小山千恵子は生まれながらのデザイナーだと分かった。

どんなデザインが市場に受け入れられるかということよりも、彼女が気にかけているのは常にデザイナー自身と業界の未来だった。

場違いだとは分かっていたが、ウィリアムは考えすぎずに口に出してしまった。

「君はKRで、ヨーロッパで才能を発揮し、自分のデザイナーとしての道を歩むべきだ。浅野家に縛られるべきじゃない。そのことは、分かっているだろう?」

小山千恵子の手が止まり、半秒ほど固まった。すぐに窓の外に目を向け、髪を整える指が少し震えていた。

そう、もちろん分かっていた。

できることなら、感情や復讐に囚われず、自分の天空を見つけて自由に発展したいと思っていた。

しかし過去の悪夢は骨に食い込むウジのように、この恩讐を決着つけなければ、一生蔦に絡まれ、身動きが取れなくなるだろう。

小山千恵子は俯き加減で、静かな声で言った。「諦められないことも、せざるを得ないこともあるの」

ウィリアムの一言の問いかけで、彼女の心は重くなり、浅野武樹との絡み合いの意味が一時的に分からなくなった。

小山千恵子は取り留めもなく呟いた。自分に言い聞かせているようでもあり、ウィリアムに向かって言っているようでもあった。

「人は多くのことをする時、その意味を見出せずに苦しむわ。でも、そのことをすること自体が、すべての意味なのかもしれない」

ウィリアムは顔のふざけた表情を引き締め、真剣な表情で沈黙を保った。

彼は小山千恵子の心には多くの事があり、誰にも言えない事が沢山あることを知っていた。

しかし彼は急がなかった。忍耐強く、時間はいくらでもあった。