浅野武樹は呆然とした桜井美月とすれ違い、泣き声を追って2階の子供部屋へと上がっていった。
そっとドアを開けると、部屋の中は暖かな黄色い薄明かりに包まれていた。部屋の隅にあるライオンの夜灯が柔らかな光を放っていた。
浅野武樹は小山千恵子の窓辺を思い出し、胸の中が不意に温かくなった。
小さな影が子供用ベッドに座り、まだすすり泣いていた。
浅野武樹はドア口に立ったまま、どうしていいか分からず、声をかけて慰めるべきか、抱き上げるべきか迷っていた。
父親として、この時どうすべきなのかさえ分からなかった。
健一郎はドア口に立つ大きな影に気づき、驚いて一瞬むせ込み、泣き声を止めた。涙で潤んだ大きな瞳がまばたきを繰り返した。
子供が自分を怖がっているのを見て、浅野武樹はより頭を悩ませた。
意を決して近づくと、健一郎は小さな布団を抱きしめ、ベッドの隅へと移動していった。
浅野武樹は我慢強く、ベッドの頭からティッシュを取り出し、子供を驚かさないよう極力声を抑えた。
「涙を拭いて寝なさい。」
健一郎の小さな体は少し震えていたが、結局逃げることはせず、浅野武樹に顔の涙と鼻水を拭かせた。
浅野武樹は子供の小さな頭を支えながら、不器用に拭いていき、胸が痛んだ。
この脆弱な命は、まだこんなに小さく、自分の気持ちを表現することも、自分を守ることもできない。
人が羨むような運命に見えて、浅野家に入ったものの、ここでは母の愛も父の愛も感じることができない。
浅野武樹の瞳が震え、まるで幼い頃の自分を見ているようだった。
母は常に携帯を抱えてぶつぶつ言い、しょっちゅう外出していた。
父は会社の仕事で外を飛び回り、朝早くから夜遅くまで帰らなかった。
田島さん以外、この家では一日中誰とも会うことがなかった。
幼い浅野武樹は、しばしば自分がなぜこの世界に存在しているのか分からなかった。
おとなしく横になった健一郎を見つめながら、男は身を屈めて布団をかけてやった。
この可哀想な子も、同じような境遇なのだろう。
健一郎は小さな頭を出し、大きな瞳をぱちぱちさせて閉じる勇気が出ないでいた。
浅野武樹の心が和らぎ、優しく声をかけた。「寝なさい。パパがここにいるから。」
健一郎は素直に目を閉じ、長い睫毛が小さな顔に影を落とした。