小山千恵子は少し呆然として、目が熱くなった。
彼は「私たち」と言った。
どれほど長い間、二人で並んで立つことがなかっただろう。
小山千恵子は自嘲的に笑い、うつむいてから、また窓の外を見た。
夕陽が西に傾き、窓の外は静かな湖の景色が広がっていた。
「浅野武樹、きっと覚えていないでしょうね。この部屋で、私たちは離婚協議書にサインしたのよ」
浅野武樹は体が硬直し、この部屋を見回して、少し戸惑っていた。
小山千恵子は彼を見ずに、独り言のように話し続けた。まるで浅野武樹に聞かせているようで、でも自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「あの時から、もう『私たち』なんてないのよ、浅野武樹。あなたはあなた、私は私。忘れないで、あなたの記憶を取り戻すのを手伝うのも、私には私なりの目的と計画があるの」