小山千恵子の弱々しい声は浴室まで届かず、モリ先生は疲れた表情で扉を開けたが、入り口で立ち止まった。
「外でお待ちください。彼は今の姿を人に見られたくないと思います」
小山千恵子は暗い眼差しで心配そうな表情を浮かべ、思わずモリ先生の肩越しに診療室を覗き込んだ。
柔らかい半リクライニングソファ、薄暗い照明、床に散らばった機器や筆記用具。明らかに浅野武樹が慌てて落としたものだった。
冷たい電極パッドや奇妙な額固定具が、小山千恵子の胸を締め付けた。
彼女は唾を飲み込み、うなずいて半歩後ずさりした。
水の音が突然止み、二人は同時に洗面所の閉まったドアを見た。
カチッ。
鍵が開く音に、小山千恵子の心臓が強く握りしめられるような感覚に襲われた。
浅野武樹がドアを開け、ドア枠につかまりながら、一歩踏み出した時に入り口の様子に気付いた。
「千恵子?」
ひどく掠れた声に、浅野武樹自身も眉をしかめた。
長い指で痛む喉を押さえながら数歩前に進んだが、その高い体が大きく揺らいだ。
小山千恵子は反射的にモリ先生の横をすり抜け、両腕を広げて崩れそうな浅野武樹の体を抱きとめた。
男は一瞬驚いたように体を硬直させたが、すぐに力を抜き、乱れた呼吸の中でため息をついた。
「来てくれたんだね」
小山千恵子は唇を震わせ、言葉につまって何も言えず、ただ唇を強く噛みながらうなずき、熱くなる目を必死に抑えた。
彼女は浅野武樹がこんなに取り乱した姿を見るのは珍しかった。
いつも豹のように鋭い眼差しの男が、今は霧がかかったような疲れと迷いに満ちた目をしていた。
いつも完璧に整えられた黒髪も今は乱れ、角張った顔の側面に黒髪が張り付き、額の前髪からは水が滴っていた。
熱を持った浅野武樹の体を抱きしめて初めて気付いたが、冷や汗が高級な黒シャツを完全に濡らしており、触れると冷たかった。
モリ先生は鼻を掻きながら、空気を読んで黙ったまま、診療椅子の方へ行って機器を片付け始めた。
小山千恵子は浅野武樹を半リクライニングソファに横たわらせ、浅野武樹は目を固く閉じ、頭の中のめまいと戦っていた。
「モリ先生、彼はどうしたんですか?」小山千恵子は震える手で浅野武樹の額の冷や汗を拭った。