翌日早朝、小山千恵子は車を運転して中腹別荘デザイン事務所に到着した。
数日後に開催されるスポンサーパーティーの前に、桜井美月に教訓を与えなければならなかった。
彼女は覚えていた。帝都に戻ってきた時、パーティーで桜井美月に会ったことを。
彼女のあの幽霊でも見たような表情を思い出すと、小山千恵子は今でも少し笑ってしまう。
後ろめたいことをたくさんすれば、人は臆病になるものだ。
ひょっとしたら、吹く風一つにも命を奪われそうな気がするのかもしれない。
スタッフに挨拶を済ませ、小山千恵子は慣れた様子で展示ホールを通り過ぎ、直接奥のデザインエリアへと向かった。
約束の時間より早く着いていた。
あの衝立の壁を通り過ぎる時、小山千恵子は足を止めた。
以前、ここには巨大な油絵が掛かっていて、それは彼女の姿を描いたものだった。
それは浅野武樹が指定して掛けさせた作品で、その油絵のおかげで藤原社長は一目で彼女を認識したのだ。
今は彼女の要求で、絵は撤去されていた。
白い壁には控えめで優雅な模様がデザインされ、その上に「中腹デザイン」という文字が黒のマット仕上げで、シンプルながら質感のある形で刻まれていた。
かつて彼女が最高の青春時代を過ごしたこの建物だが、自分の痕跡をあまり残したくなかった。
広々としたデザインエリアの奥に回ると、小山千恵子はデザイン台に向かって作業している熊谷玲子の姿を見つけた。
「こんなに早く来てたの?」
小山千恵子は手に持っていた衣装ケースを置き、気軽に挨拶をした。
デザイン台で髪を簪で留めていた女性が突然顔を上げ、小山千恵子を見た瞬間、複雑な感情が目に浮かんだ。
驚き、戸惑い、そして理解と懐かしさ。
つい先日、桜井美月が何年ぶりかで彼女に連絡を取り、小山千恵子のドレスのレプリカを作るよう依頼してきた。
彼女は事を荒立てないように一旦承諾し、すぐに浅野武樹に連絡を入れた。
男性は多くを語らず、気にせず放っておくように、自分で手配すると伝えただけだった。
熊谷玲子は冷ややかに笑い、穏やかな口調で言った。「あなたが浅野社長の手配だったのね?」