第295章 大野武志が逃げた

小山千恵子は慌てて救急箱を片付け、浅野武樹の質問に沈黙で答えた。

浅野武樹は小山千恵子の沈黙した背中を見つめ、胸が痛んだ。

今は慎重に触手を伸ばし、そっと探りを入れることしかできない。

小山千恵子は驚いた兎のように、いつでも自分の穴に逃げ込みそうだった。

浅野武樹は立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。その高い背中には寂しさが漂っていた。

ドアを開けようとした時、後ろから小さな声が聞こえた。

「傷口を、濡らさないでください。」

浅野武樹は微笑んで振り返ったが、小山千恵子はすでに寝室に隠れていた。

彼はまだ焦りすぎているのだろうか……

小山千恵子は一晩中眠れず、翌朝早くに泉の別荘へ戻ることにした。

浅野武樹は優子の存在を思い出し、それは彼女に喜びと不安を同時にもたらした。