玄関から初冬の冷たい風が吹き込んできた。モリ先生は受付に寄りかかり、明らかに浅野武樹をしばらく見ていた。
「彼女は来なかったの?」
浅野武樹は顔を引き締め、冷たい声で返した。「そうですか?気づきませんでした。」
モリ先生は「はいはいはい」という表情で、風のように診察室に入っていった。
機器を設置しながら、モリ先生は気ままにゴシップを話し始めた。
「喧嘩したの?」
浅野武樹は治療の副作用で既にイライラしており、消えない目眩と頭痛で忍耐力も減っていた。
今はただ黙ってソファに横たわり、眉をひそめて一言も発しなかった。
モリ先生は大げさにため息をついた。「だから奥さんを失うんだよ。女心がわからないんだから。」
浅野武樹は顎の線を引き締め、目を少し開いて低い声で言った。「間違いでなければ、あなたは脳科学の博士であって、ゴシップ誌の記者ではないはずですよね。」
モリ先生は浅野武樹に電磁パッチを貼り付け、その冷たさに浅野武樹は息を吸い込んだ。
「この仕事を長くやっていると分かるんだよ。多くの誤解は、ただプライドを捨てられないことと、口が開けないことだけなんだ。」
モリ先生は心の中で笑った。
浅野武樹は典型的な愛し方を知らない人間で、口も重い。小山千恵子のことを聞いても、その口は三年前に死んだアヒルよりも固い。
雰囲気が一時的に気まずくなり、浅野武樹は軽く咳をして、話題を変えた。
「前回の治療後、多くのことを思い出し、以前の誤解していた事実も間接的に確認できました。今日の治療は、少し延長したいと思います。」
モリ先生は振り向いて、腰に手を当てて不機嫌な表情を見せた。「まだ延長?今の治療強度は既に高すぎるんだよ。それに明らかに、私が処方した緩和薬も飲んでいないでしょう。」
浅野武樹は視線をそらし、何かを考えているようだった。
モリ先生は珍しく焦った様子で「浅野武樹、一体何を急いでいるんだ?」
浅野武樹は歯を食いしばり、こめかみがズキズキと痛み、再び目を閉じて、冷たい声で言った。
「心配いりません。始めましょう。」
小山千恵子がレーシングチームの撮影を終えて帰宅したのは、もう深夜に近かった。
浅野武樹の部屋は電気が消えており、彼女は寝ているのか不在なのかわからなかった。
直感的に、浅野武樹は帰っていないような気がした。