浅野武樹は足取りがふらつきながら出てきた。青白く端正な顔には疲労の色が満ち、まるで放心状態のようだった。
いつもきちんと整えられた黒髪が乱れて額に垂れ、シャツの襟元は二つのボタンが外され、袖をまくり上げて逞しい腕が露わになっていた。
小山千恵子は近寄る間もなく、驚きの表情で浅野武樹の腕を見つめた。
そこには深い傷跡が数本あり、まるで何かで強く締め付けられたかのようだった。
「浅野さん、その腕は一体――」
言葉が終わらないうちに、男は我に返ったように顔を上げ、目の前の女性を見つめた。
深淵のように暗かった瞳が、一瞬にして光を宿したかのようだった。
小山千恵子が言葉を終える前に、熱い抱擁に包まれた。
「千恵子、ここにいたのか、よかった……」
小山千恵子は状況が飲み込めないまま、ただ浅野武樹の乱れた呼吸と、まるで飛び出しそうな激しい心拍を感じていた。
そこへモリ先生が診察室から出てきた。歪んだ眼鏡を襟元に挟み、片手に氷嚢を持って目を押さえていた。
浅野武樹がコアラのように小山千恵子にしがみついているのを見て、モリ先生は驚いた表情を見せ、すぐに緊急ベルを押した。
「警備員、何人か上がってきてくれ、急いで。」
数人の屈強な男たちがすぐに上がってきて、あっという間に浅野武樹を取り押さえた。
小山千恵子は大きな衝撃を受け、声も震えていた。「一体何が?」
モリ先生は氷嚢を外し、小山千恵子の側に来て、諦めたように話し始めた。
「この若造、朝から来て暴れだして、治療時間を延長しろと言い張った。確かに私の治療計画にはそういう方法も書いてあったが、かなり過激なものだ。でも何故か、彼は焦っていたんだ。」
小山千恵子は浅野武樹の態度に驚かなかったが、それでもなぜここまでの事態になったのか分からなかった。
浅野武樹も疲れ果てたようで、警備員に付き添われて診察室に戻って休んでいた。
モリ先生は氷嚢を裏返して再び当て、不機嫌そうに話を続けた。
「彼は最近、過去の記憶を思い出すことが多くなったと言っていた。これ自体は良いことなんだが、催眠療法も順調に進んでいた。しかし後になって、彼の記憶に混乱が生じた。簡単に言えば、過去と現在の区別がつかなくなってしまったんだ。これは非常に危険なことだ。」
小山千恵子の胸が痛むように締め付けられた。