第12章 「旦那様と呼べば許してあげる」

鈴木之恵は思わず首を縮めた。耳元のしびれる感覚が瞬時に血液と共に全身に広がった。

「藤田社長、私たちは離婚したんです。同じ部屋で寝ることも、同じ布団を使うこともできません。社長は主寝室にお戻りください。客室のベッドは硬すぎて、あなたの貴重な体には合いません」

彼女は震える声で、二人が協議離婚したという事実を再度思い出させた。彼が本当に何かをしようとするのが怖かった。

「お前は俺と同じ布団で寝るのが好きだったじゃないか?」

藤田深志の声には皮肉が込められていた。鈴木之恵は顔が熱くなり、まるで平手打ちを食らったような気分になった。彼の言葉は決して間違いではなかった。

結婚して最初の数ヶ月、彼は錦園にはあまり帰ってこず、よく他の家で一人で過ごしていた。彼女は様々な方法で彼を家に呼び戻そうとし、セクシーな寝間着まで着用した。当時は会えば情が生まれ、時間が経てば心が通じ合うと思っていた。自分の容姿には多少の自信があり、努力さえすれば彼の目に留まると信じていた。

今思えば、すべてが馬鹿げていた。

藤田深志は彼女の上から起き上がり、腕で体を支えた。先ほどの「藤田社長」という呼び方に傷ついたことは否めない。彼女は以前「深志」と呼んでいたが、「旦那様」という言葉を一度も聞いたことがないことに突然気付いた。

「俺はお前の旦那だ」

彼の平坦な口調には、反論を許さない圧迫感があった。普段なら、鈴木之恵は何も反論できなかっただろう。

しかし今は?

彼らは離婚するのだ。

「明日にはそうじゃなくなります」

鈴木之恵は彼に見下ろされ、まるでまな板の上の魚のようだった。

「明日のことは明日考えればいい。俺は今を生きている。今はお前は俺のことを旦那と呼ぶべきだ!」

二人の関係がここまで来て、何を争う必要があるのか理解できなかった。

彼の心中を測りかねて、鈴木之恵は内心動揺しながらも、表面は落ち着いているふりをした。

「藤田社長は旦那様と呼んでくれる人がいなくて心配なんですか?京都府中の女性があなたを旦那様と呼びたがっているでしょう。明日、民政局を出たら、すぐに誰かが呼んでくれるかもしれませんよ」