藤田深志は携帯を手に取り、一瞬固まった。
「彼女が産婦人科に行ったのは何のため?」
向こう側の人は先ほど柏木秘書から命令を受け、密かに奥様の後をつけていた。社長が彼女の行動を把握できるようにするためだ。
柏木正は恋愛を経験して分かったことがある。自分の社長はただのツンデレで、離婚したくないのに逃げ出して、認めようともせず、一日に何百回も奥様が家で何をしているのか聞いてくる。
彼は報告しやすいように、奥様の動向を観察させていた。京都府の方で手配した人が鈴木之恵が診察室に入るのを見たが、中での状況は分からなかった。電話で社長の機嫌が良くないのが分かり、彼は緊張しながら答えた。
「藤田社長、奥様もしかして妊娠されたのでは?」
藤田深志は何も言わず、電話を切って柏木正に帰りの航空券を買わせた。
鈴木之恵が屋敷に戻ると、藤田深志の艶やかなベントレーが中庭に停まっていた。
彼が戻ってきたのだ。
鈴木之恵は車を停めて家に入ると、藤田深志は床から天井までの窓の前で電話をしていた。背姿は凛々しく気品があり、夕陽が彼の体に光の層を纏わせていた。
彼女は数秒間呆然と見つめ、心が否応なく揺れた。
心の中で防壁を築き、自分に彼を忘れるよう強いていたのに、たった一つの後ろ姿でその防壁が崩れそうになった。
藤田深志は背後の視線に気付いて振り向き、電話で手短に用件を済ませると彼女を引っ張って二階へ上がった。
部屋のベッドの上には美しく包装された箱が置かれており、箱の上の金箔のロゴは控えめとは言えないもので、最近話題の、一般人には手に入れにくいエルメスの限定品だった。
鈴木之恵は困惑して振り返って彼を見た。
「新作のバッグだ。この前の約束のやつ」
鈴木之恵は思わず顔を赤らめ、前回二人で一晩を過ごした時、「旦那様」と呼ばされた場面を思い出した。
「私には必要ありません。秋山奈緒さんにあげてください」
藤田深志は彼女がプレゼントを貰って少しは喜ぶと思っていたのに、普段は従順な子羊のような彼女がいきなり彼の急所を突いてきた。
「要らないなら捨てろ。奈緒はバッグに困っていない」
鈴木之恵は苦笑いして、
「そうですね。藤田社長の心の人がバッグに困るはずがありません。彼女が空の星が欲しいと言えば、藤田社長は取ってきてあげるでしょうから」