秋山奈緒が社長室に着いた時、藤田深志はまだ机に向かって仕事をしており、入ってきた人を見上げる余裕もないほどだった。
「深志さん、何か用事があるんですか?」
藤田深志は無意識にドアを見上げた。閉まっていた。
この動作に秋山奈緒は少し傷ついた。会社で「深志さん」と呼んだだけなのに、そこまで警戒する必要があるのか?彼女は十数年もそう呼んできたのに。
藤田深志は手の中のペンを置き、公務的な表情で、
「奈緒、君は海外で3年過ごして、この業界での知り合いも多いだろう。デザイナーのlollyに連絡を取る方法は何かないかな?」
秋山奈緒は彼のオフィスで遠慮なく、自然にバッグを彼のコートラックに掛け、藤田深志の後ろに回って肩をマッサージし始めた。
「SWANの専属デザイナーのlollyのことですか?」
藤田深志は頷いて、
「そうだ。奈緒、もうマッサージはいい。前に座って、これは仕事の話だ。」
秋山奈緒は不本意ながら彼の向かいのソファに座った。二人の間には大きな距離があり、彼女はソファを前に移動させたいほどだった。
lollyについて、彼女は探りを入れるように尋ねた。
「あのlollyは年に2作品しか出さないけど、どのデザインも世界的なヒット作になりますよね。でも人付き合いが悪いみたいで、デザイン業界の人とも付き合いがないか、あるいは見た目が悪くて人前に出られないのかもしれません。なぜ彼女のことを聞くんですか?」
藤田深志は率直に言った。
「今この業界は競争が激しい。もしlollyを藤田グループに引き抜けたら、我が社は虎に翼を得るようなものだ。」
秋山奈緒は心の中で軽い不快感を覚えた。彼の目には仕事のことしか映っておらず、自分のことをちゃんと見てもくれない。来る前にわざわざ口紅を塗り直したのに。
「深志さん、私がいるだけでは足りないんですか?私のデザインがlollyの風格があるって言ってくれたじゃないですか。新製品は必ずヒットしますよ。」
藤田深志は彼女を一瞥して、淡々と言った。
「奈緒、それは別の話だ。君がいるのはもちろんいいことだが、誰だって切り札は多い方がいい。lollyは華人だと聞いている。これは我々の美的センスが世界をリードしているということだ。だから藤田ジュエリーもより高いステージを目指すべきだ。」