藤田深志は眉間にしわを寄せ、
「前に言ったでしょう。これからは『旦那様』って呼ぶって。また忘れたの?」
「もう離婚するのに、何て呼ぶかなんて重要?」
藤田深志は目を細めて言った。「重要だよ」
鈴木之恵はこれ以上この子供じみた話題で議論したくなかった。
「小柳さんに料理を作ってもらえない?お腹すいたの」
藤田深志はようやく手を離して一歩下がり、二人は一緒にトイレから出てきた。
小柳さんは外で長い間待っていた。食事の時間になり、若い二人の意見を聞く必要があった。
藤田深志の唇には口紅が多く付いていたが、本人は気付いていなかった。
小柳さんは二人の様子を見回し、経験者らしい表情で尋ねた。
「旦那様、奥様、鍋には酸菜魚を煮込んで、お粥も作りました。それと軽めのおかずを二品。他に何か食べたいものはありますか?」
鈴木之恵は何も言わず、藤田深志は彼女を横目で見ながら小柳さんに答えた。
「之恵は今日食欲がないから、まんじゅうを温めて、薄めのお粥を作って。おかずはこれで十分だよ」
小柳さんは承知しましたと言って台所に戻った。
「二階に行く?」
彼が尋ねた。
「ここで少し待ってましょう」
どうせまんじゅうを温めるだけだから。
二人は並んでソファに座った。
藤田深志は彼女の葱のように白い指に目を留め、思わず手に取って弄んだ。
三年間一緒に暮らしてきたこの家で、二人がこんなに親密にソファに座るのは初めてだった。そういえば、一緒に映画を見たこともなかった。
これはずっと鈴木之恵の心の中の小さな心残りだった。
彼はいつも忙しく、見つけることすら難しかった。たとえプライベートな時間があっても、彼女と映画を見に行くことはなかった。彼にとって、それは退屈なことだった。
経済ニュースを見る方がよっぽど面白いと。
「藤田深志、映画でも見ない?」
「何が見たい?」
彼は手近なテーブルのリモコンを取ってテレビをつけた。今日は彼女に対して特別に甘かった。
鈴木之恵は少し黙って、
「適当に選んで、何でもいいわ」
藤田深志はリモコンでチャンネルを何度か切り替え、その後テーブルに投げ出して横目で彼女に尋ねた。
「本当に何でもいい?」
鈴木之恵はうんと答えた。
「じゃあ、シアタールームに行こう。そっちの方が雰囲気がいいから」