第93章 今すぐ公表しようか

エレベーターを出て少し歩くと社長室があった。

この階には社長室の他に大会議室があるだけで、会議がない時は階全体が静まり返っていた。

鈴木之恵は社長室のドアをノックし、「どうぞ」という声を聞いて中に入った。

藤田深志は机に向かって仕事をしており、彼のオフィスには柏木秘書の他に、彼女の入社手続きを担当した人事部の川内マネージャーがソファに座っていた。

「鈴木之恵さん、この昇給契約書に改めてサインをお願いします。」

川内マネージャーが契約書を差し出した。

鈴木之恵は疑問に思いながら受け取り、最初から最後まで目を通し、給与額のところで目が止まった。

川内マネージャーは笑顔で説明した。「グループのデザイン部門の評価で一位になると給与が倍になるのが慣例なんです。おめでとうございます、鈴木さん!」

鈴木之恵はありがとうございますと言った。

川内マネージャーはペンを彼女に渡し、「サインをお願いします。二部作成で、押印後に有効となります。」

鈴木之恵は藤田深志を見上げたが、彼は彼女が入室してから一度も目を合わせようとしなかった。心の中で寂しさを感じながら、サインを済ませ、契約書とペンを川内マネージャーに返した。

「ご面倒をおかけしました、川内マネージャー。」

川内マネージャーは察しの良い人物で、鈴木之恵と藤田深志の間を目で追いながら、心の中で考えた。デザイン部門でこのルールができて何年も経つが、昇給の書類に社長室でサインするなんて今までなかったはず。鈴木之恵と社長の関係は間違いなく単純なものではないだろう。

「いいえ、これは私の仕事ですから。では藤田社長、押印してきますので、終わりましたらお持ちします。」

藤田深志はようやくうんと返事をした。

鈴木之恵は昇給契約書にサインを済ませ、川内マネージャーと一緒に出ようとしたが、柏木正に前を遮られた。

「社長、まだ処理していない仕事がありますので、先に失礼します。」

そう言うと、ガラスのドアを閉め、鈴木之恵を中に閉じ込めた。

「契約書はいらないのか?」

藤田深志はようやく仕事を終え、手元の書類を置き、イタリア製の金箔ペンを弄びながら、くつろいだ様子で彼女を見た。

「え?」

鈴木之恵が困惑する間もなく、彼は革張りの椅子から立ち上がり、威圧感のある足取りで近づいてきた。