後ろめたいことをしていないから、恐れることはない。鈴木之恵は淡々と言った。
「私が言いたいことは先ほど言った通りです。どのグラスにも触れていません。信じられないなら専門家に鑑定してもらえばいい。私の指紋は一切ついていないはずです」
鈴木之恵はそう言ってバッグを背負い、この是非の場を去った。秋山奈緒は後ろで泣き叫んだ。
「深志さん、どうして彼女を行かせるの?私たちの赤ちゃんを殺そうとした犯人よ」
「もういい加減にしろ!」
藤田深志は三文字を残して立ち去り、泣きじゃくる秋山奈緒と藤田晴香がその場に取り残された。
午後、ヨットが岸に着いた。
藤田深志は柏木正に急ぐよう促し、車は猛スピードで藤田グループのビルの駐車場へと向かった。
「今すぐ鈴木之恵のデザイン原案を持ってきてくれ」
彼は柏木正に命じた。この件は午前中からずっと気になっていた。彼は真相を早く明らかにしたかった。
彼の心の中では、ローリーが彼女であってほしいと思う一方で、そうでないことも願っており、矛盾した感情に苛まれていた。
柏木正は社長が何のためにこれを求めているのか分からなかったが、急いで探しに行き、数分後にはそのデザイン原案を持って社長室に現れた。
「藤田社長、これです」
藤田深志はそのデザイン案を受け取って注意深く見たが、何も発見できなかった。そこでペン立ての中から虫眼鏡を取り出し、ブレスレットの接合部分を照らしてみると、巧妙にデザインされた「之」の文字が浮かび上がった。
前回の秋山奈緒の盗作事件の際、スワン株式会社は説明していた。ローリーのデザイン案には全て、盗用防止のために彼女独自のマークが入っているということを。
彼は確信が持てず、秋山奈緒が盗用した図面を取り出して比較してみた。同じ「之」の文字で、筆跡も同じだった。
彼の心臓が一瞬止まりそうになった。やはり彼女だったのだ!
彼の枕元の人、三年間共に暮らしてきた妻が、このような腕前を持っていたとは。国際的に名の知れたデザイナー、ローリーだったとは。この事実を受け入れるのに、彼は一時的に混乱してしまった。
二人の生活の細部を思い返してみると、彼女はデザインをする時も彼の前で隠すことはなく、彼の書斎や机を使い、描きかけの紙を紙屑籠に投げ入れていた。