鈴木之恵は目を開けて、見慣れた環境と小柳さんの笑顔を見つめた。
「何時?」
彼女は尋ねた。
「今は午後1時半です。3時間以上お休みになりました」
小柳さんはぬるま湯を持ってきた。
鈴木之恵は頭の中で急速に思い出していた。彼に抱かれて帰ってきたことを。周りを見回したが藤田深志の姿はなく、少しほっとした。
小柳さんは笑って言った。「藤田社長は会社の用事で先に行かれました。体を拭いて物理的に熱を下げるようにと言い付けられましたが、まずは体温を測ってみましょう。熱がなければ拭く必要はありません」
鈴木之恵は体が随分楽になったと感じ、自分の判断では熱は下がっているはずだった。今彼女を不快にさせているのは、全身に浮いた汗で服が肌に張り付いていることだった。
布団をめくると、自分の寝巻き姿に気付き、顔が徐々に赤くなった。寝る前に着替えていなかったことははっきりと覚えていた。
小柳さんは彼女が今何を考えているのか知る由もなく、
「奥様、体温を測りましょう」
鈴木之恵は体温計を受け取って脇に挟んだ。予想通り、熱は下がっていた。
小柳さんはにこにこしながら、
「奥様の回復具合は良好ですね。お腹が空いているでしょう?おかゆを持ってきます」
藤田深志は重要な会議があり、会議中も携帯の着信音を切らずにいた。着信音が鳴ると、幹部たちの前で直接電話に出た。
「小柳さん、どうですか?」
相手が何か言うと、藤田深志の表情が目に見えて暗くなった。
会議室の全員が息を潜め、重苦しい空気が漂った。
藤田深志は電話に向かって、
「好きにさせておけ」
と言うと、携帯を机に投げつけ、周りの人々を驚かせた。
自分がどうかしている、もう彼女に関わるのは犬のようだ!
その後の会議は順調には進まず、全員が叱責され、企画案も価値なしと一蹴された。
柏木正は手に汗を握った。奥様が何かで彼を怒らせたのだろうが、とばっちりを食らうのは働き手の彼らだった。
一方、鈴木之恵は着替えを済ませ、玄関で配車を呼んで自分の借りている部屋に戻った。携帯のメッセージを見た途端に落ち着かなくなった。見知らぬ番号から脅迫めいたメッセージが届いていた。
【この売女、覚えておけ。外に出られなくなるぞ】