第239章 過去形

外で議論の声が聞こえた。

「この人が本当に藤田ジュエリーの社長?テレビで見るよりもかっこいいわね」

「すごい、業界のトップに会えるなんて。芽さんに会いに来たのよ。二人はどういう関係なのかしら?私たちを買収するつもりじゃないでしょうね?」

「やっぱり芽さんは並の人じゃないわ。こんな大物と知り合いなのに、どうして藤田グループでデザイナーをしないのかしら?」

「何も分かってないわね。デザイナーじゃ稼げないでしょう。今は毎日たくさんの注文を受けているのよ。他人の下で働くより稼げるわ」

「そうね。でも芽さんはお金に困ってなさそうよね?」

……

藤田深志はそれらの囁き声を無視し、きれいに掃除された事務所を注意深く観察した。窓の前には例によって風鈴が下がっていた。

机の上のファイルには「鈴木芽」という文字が貼られており、その筆跡は彼女特有の美しさを持っていた。

白紙の束が机の左側に整然と置かれていた。これは彼女の習慣で、インスピレーションが湧くと手に取って描き始めるのだった。

藤田深志は彼女のオフィスチェアに座り、様々な思いに耽った。

この四年間、彼女は鈴木芽という名前で、彼の知らない場所で、自分の愛する仕事をしていたのだ。

もし四年前、もう少し執着して新芽工房に何度も足を運んでいれば、今になって彼女を見つけることにはならなかっただろう。彼が知らないうちに、二人は完璧にすれ違っていた。

彼が物思いに耽っているとき、ノックの音で我に返った。

ドアの前で、陸田直木がかすみ草の花束を抱え、嬉しそうにノックをしたが、中にいる人を見て表情が一気に冷たくなった。

陸田直木は花束を握る手に力が入り、心の中でこいつが何でここにいるんだと呟いた。

藤田深志も陸田直木と同じような反応で、鈴木之恵のオフィスの前に現れた陸田直木を見て、しかも花束を抱えているその様子から、良からぬ考えを持っているのは明らかだった。

特に、このやろうが慣れた様子で常連客のように見えるのが気に入らなかった。鈴木芽の正体を自分より先に知っていたようだ。これは藤田深志の胸を痛めた。自分の妻が今や別の男に狙われている。しかもその男は自分の小学校の同級生だ!