藤田深志は今すぐにその録音を彼女に送りたかったが、友達追加する機会すら与えられなかった。
二人は搭乗し、自分の座席を見つけた。藤田深志は冷たい表情で一言も発せず、その威圧感は通り過ぎる雲までも凍らせそうだった。
柏木正は目の端で彼を盗み見た。社長は目を閉じて座席に寄りかかっていたが、眠っているわけではなく、ただ心が痛くて話したくないのだと分かっていた。
「汚れた男」という言葉は奥様だけが彼に向かって言える言葉で、他の誰かが言えば、とっくに懲らしめられていただろう。
今、彼は自分の携帯の電池が切れて電源が落ちてしまえばいいのにと思っていた。あのメッセージは携帯の中で時限爆弾のようなもので、いつ彼のボーナスを吹き飛ばすか分からなかった。
柏木正はそうやって気が気でない状態で旅を終えた。
飛行機が伊丹空港に着陸し、空港を出ると、こちらで手配した秘書部の若手アシスタント白井由紀が到着ロビーで待っていた。柏木正と藤田深志を見つけると、手を振って走ってきた。
「社長、柏木秘書、こちらです!」
その声は大きすぎて、到着ロビーの人々が皆彼女の方を見た。見つけにくいはずがなかった。
柏木正は藤田深志の横を歩いていた。搭乗してから到着まで、社長は彼に一言も話しかけていなかった。上司の機嫌が悪いので、当然彼も無駄に話しかけようとはしなかった。
沈黙は金なりだ。
アシスタントは人の流れに逆らって彼らの前まで押し寄せてきた。
「社長、柏木秘書、コーヒーを注文しておきました。社長のお好みのアイスアメリカーノと、柏木秘書の全糖カプチーノです。」
柏木正は二つのコーヒーを受け取り、白井由紀に目配せして話を控えめにするよう促した。社長の機嫌が極端に悪かったからだ。しかし、このアシスタントは空気が読めない人で、機関銃のように止まることなく話し続け、触れてはいけない話題に触れてしまった。
「社長、会社の人たちが会議で奥様を見かけたって言ってましたが、本当ですか?奥様はどこですか?一緒に戻ってこられなかったんですか?」
この質問に柏木正は背筋が凍り、手に汗をかいた。彼は必死でアシスタントに目配せしたが、彼女は全く気付かなかった。
藤田深志は気分が沈んでいて話したくなかったが、良好な教養のおかげで、公共の場で心無い新入りの若手秘書を困らせたくはなかった。