「この番号ずっと料金払ってるの?」
藤田深志は頷いた。朝オフィスに着いたばかりの時、カバンの中から着信音が鳴り、普段なら着信を無視するはずの携帯だった。
見覚えのある番号からの着信を見て、思わず通話ボタンを押してしまった。
「あなたの昔の携帯は私が持ってるわ。修理に出したけど、外装の塗装が剥げた以外は、画面を交換しただけで、他に損傷はないわ」
彼は正直に話し、隠し事はできなかった。
鈴木之恵は息を呑み、4年前のことを思い出した。
「その携帯の中身は...」
「全部残ってる」
「お昼に携帯を返してくれない?」
藤田深志は電話の向こうで数秒沈黙した。
「之恵、この思い出まで奪わないでくれよ」
この携帯は4年間彼の傍にあった。数えきれない不眠の夜、彼女のサブアカウントの音声を聴いては、バッテリーが切れるまで。
双子の胎動の音を聴くことだけが、自分が彼らから遠く離れていないと感じさせてくれた。
この4年間で習慣になっていた。彼女を取り戻しても、眠れない夜は携帯を取り出して聴き、彼女の妊娠日記を見るのが習慣になっていた。
鈴木之恵は冷たい息を吸い込んで尋ねた。
「全部見たの?」
「之恵、これは私が父親として唯一持てた関わりだったんだ。妊娠が分かった時に教えてくれるべきだった」
過去のことは触れないというのが、再会後の暗黙の了解だった。藤田深志は我慢できずに、この携帯を手放したくないと言った。
藤田深志が言い終わると、二人は沈黙した。彼は謝罪した。
「ごめん、こんなこと言うべきじゃなかった。之恵、携帯を譲ってくれないか?」
どんなに親密な関係でも、お互いの空間を尊重すべきだと分かっていた。でも、この携帯だけは本当に返したくなかった。
長い沈黙の後、鈴木之恵は折れた。
「持っていていいわ」
「ありがとう。お昼一緒に食事でもどう?」
藤田深志はほっと息をつき、宝物を手に入れた子供のように喜んだ。
鈴木之恵は忙しい一日を過ごし、退社時間が近づいた頃、陸田直木から電話がかかってきた。
「之恵、今晩田中晃が空いてるから、みんなで食事会を設定したんだけど、時間大丈夫?」
鈴木之恵は返事した。
「大丈夫よ。場所が決まったら教えて。この分は私が払うわ」
陸田直木はすぐには返事せず、30分後に住所を送ってきた。