車に戻ると、鈴木之恵は少し放心状態だった。
藤田深志は彼女の携帯から車のキーを受け取って自分で運転すると言い、鈴木之恵は一瞬戸惑って尋ねた。
「大丈夫なの?」
「ちょっとした怪我だよ。今のあなたの状態で運転する方が危険だ」
鈴木之恵は助手席に座り、しばらくして口を開いた。
「彼女の子供がいなくなったって言ってたけど、次は刑務所に入るってこと?」
藤田深志は運転に集中しながら答えた。
「そうだろうね」
「藤田深志、仁愛病院に親しい知り合いはいる?」
「いるけど、どうして?」
「先に車を止めて」
藤田深志は彼女が何をしようとしているのか分からなかったが、まず路肩に車を停めた。
「私はこの病院で生まれたの。私のお母さんのお産を取り上げた医師は、今もいるのかしら?」
藤田深志は彼女の考えを理解し、
「二十八年も経ってるから、あなたのお産を取り上げた医師は退職してるはずだよ。再雇用されてない限り、病院では見つからないかもしれない」
藤田深志は一旦止まって、また続けた。
「今の院長とは知り合いだから、状況を聞いてみることはできる」
鈴木之恵は同意した。
二人は車を病院に戻した。
藤田深志は彼女を連れて直接院長室へ向かった。
張本院長は藤田深志の声を聞くと、老眼鏡を外して机の上に置き、にこやかに二人を招き入れた。
「藤田社長、今日はどうされました?」
「張本院長、今日はお願いがあってお伺いしました」
藤田深志は毎年病院に寄付をしているため、院長は彼の依頼に非常に熱心に応じた。
「藤田社長、どんなことでも、この老いぼれにできることなら、断るつもりはありません」
「実は、私の妻が二十八年前に仁愛病院で生まれたのですが、昔のカルテを調べることは可能でしょうか?」
張本院長は難色を示した。
「それは確約できかねます。当院もここ十数年でようやくネットワークシステムを導入し、各科をつないだところです。以前のカルテはシステムに入っていないので、記録を探す必要がありますが、年月が経ちすぎていて見つかる可能性は低いですね」
「ご面倒をおかけしますが、見つかればありがたいです。見つからなければ他の方法を考えます」
張本院長は頷きながら笑顔で答えた。
「早速探させます。藤田社長、奥様のお母様のお名前を教えていただけますか」