鈴木之恵は一番下のチケットを取り出すと、田中晃の達筆なサインの他に、小さなクマの顔が描かれているのを見つけた。
「ありがとう」
鈴木之恵はもう一度言って、チケットを引き出しにしまった。
「コーヒーはいかがですか?」
田中晃は急いで答えた。
「はい、お願いします」
鈴木之恵はドア越しに木村悦子に声をかけた。
「コーヒーを二杯持ってきて」
木村悦子はすぐにコーヒーを二杯持ってきて、何度も振り返りながら名残惜しそうに部屋を出て行った。
田中晃は携帯を取り出してコーヒーの写真を撮り、微博に投稿した。
【こんなに美味しいコーヒーは初めてだ】
この投稿を藤田深志が見たのは一時間後で、柏木正が先に気づいて携帯を渡しながら言った。
「社長、このデスク、奥様のものに似ていませんか?」
藤田深志が見てみると、似ているどころか、まさに彼女のデスクそのものだった。
藤田深志は落ち着かなくなり、処理途中の仕事を放り出して直接階下に向かい、そこへ行った。
その時、田中晃はまだカーマグループにいて、コーヒー、ジュース、お茶を全部飲み尽くし、ファンの女の子たちに捕まって写真を撮られていた。人を追いかけるためなら、彼も覚悟を決めていた。普段なら、彼はファンとこんなに親しくすることはなかった。
田中晃は自分のこうした行動が鈴木之恵に伝わっているのかどうか分からなかった。
彼は好きだと直接告白する勇気がなかった。相手を驚かせてしまうのを恐れていた。結局のところ、彼の顔はまだ相手に馴染みがなかったのだから。
彼は彼女に一目惚れしただけだった。初めて会った時、心臓が激しく鼓動するのを感じ、もう自分のものではないような気持ちを抑えられなかった。
藤田深志が入ってきた時、この若者がカーマグループの中を自分の家のように歩き回っているのを目にした。
「田中晃、出てこい!」
藤田深志の声に皆の視線が集まった。
田中晃は子供の頃、彼を少し怖がっていたが、親しくなってからは兄のように思い、何かと頼るようになった。今、カーマグループで藤田深志を見かけ、心の中で文句を言った。この嫌な奴がなぜここに来たんだ!
「兄さん、今日は暇なんですか?」
藤田深志は眉間にしわを寄せた。
「お前の方が暇そうだな。仕事がないのか?干されたか?」