離婚協議書

結婚式の翌日から数えて、海外で過ごした時間はまる3年になる。

今回帰国したのは、母が末期の肺がんと診断されたためだった。

結婚して3年──表向きは「学業を続けるため」として自分を海外へ送り出されたけれど、本当は、心の中の特別な存在である女性、つまり本命との二人きりの時間を邪魔されたくなかっただけなのだろう。

夜。高橋真子(たかはし まこ)は藤原家の旧宅で義両親とおばあ様と共に夕食を済ませ、一度も二人で暮らしたことのない新居へと戻った。

かつて気位の高かったお姫様は、とうにその鋭い爪を仕舞い込んでいた。

今回の帰国で、真子には強い予感があった。この名ばかりの関係、もう、潮時なのかもしれない、と。

藤原月(ふじわら つき)が戻ってきた。きっちりと着こなした黒のスーツからは、近寄りがたい雰囲気が漂っている。

完璧主義者であり──、

そして、極度の潔癖症でもあるのだ。

真子は窓際に遠く立っていた。一歩近づくにつれ、鼓動が速くなるのを感じる!

3年の月日は、彼をさらに格好良く、人を寄せ付けない威圧感のある男に変えていた。

ソファのところまで来ると足を止め、ネクタイを緩めながら腰を下ろす。

真子は俯き、どこか落胆した様子だった。

「お義両親には、もう会ったんだろう?」

淡々とした声だったが、こちらを一瞥もしない。

真子は習慣的に両手を後ろに回し、従順な子供のように、あるいは静かな部下のように、こくりと頷いた。「ええ」

「これを」

不意に身を乗り出し、月がテーブルの引き出しから書類を取り出して卓上に置いた。

一瞥しただけで、真子は自分の予感が的中したことを悟った。

少し前、ネットで彼とその「本命」がウェディングドレスを選んでいるというニュースを見たのだ。──二人の結婚は、公にはされていないけれど。

そばへ寄り、書類を手に取って開く。

「離婚協議書」──その五文字が、はっきりと目に飛び込んできた。

心の準備をしておいて良かった、と安堵する。真子は微かに微笑んで、「ええ、わかりました」

藤原月の、人の心を奪うような瞳がこちらを向いた。「座って話そう」

真子は言われた通り、斜め向かいの一人掛けソファに腰を下ろした。

こう見ていると、お酒を飲んできたのだろうか、少し不機嫌そうに見える。またネクタイをぐっと引き下げた。

真子は、できるだけ彼を不快にさせないようにと努め、黙って離婚協議書に目を通した。

慰謝料代わりか、不動産を2つ譲渡するとある。悪くない条件だろう。

読み終えた真子は、微笑んだまま尋ねた。「ペン、ありますか?」

「ん?」

聞き取れなかったのか、わずかに耳を傾ける仕草をする。

「サインを、と」

真子は常に柔らかな微笑みを浮かべて応じる。

藤原月は黒い瞳でしばし真子を見つめていたが、やがて再び身を屈めて引き出しからペンを取り出した。

真子は何の躊躇もなく、書類の下部に自分の名前を書き添えた。「はい、終わりました」

「詩織の身体が、もうあまり保たないんだ。彼女に、ちゃんとした結末を与えてやりたい」

藤原月が唐突に説明した。

ペンを握る真子の手に力がこもる。心が、またきりきりと痛んだ。

あの女性のためなら、すべてを犠牲にできるのだ。

「……理解できます」

真子は、物分かりの良い妻のように頷いた。

藤原月はしばし沈黙した。真子が書類を彼の前にそっと差し出すと、ようやく受け取った。だが、サインをしようという段になって、またこちらに視線を向ける。「何か要求があれば言え。可能な限り応えよう」

「これで充分です。それに、母の治療費を出していただいたことにも感謝しています」

真子はそう答えた。

藤原月は、どこか息苦しさを感じているようだった。書類の下部にある彼女の娟秀な筆跡に目を落とし、不意に苛立ったように協議書を脇に置いた。「明日、詩織と会ってくれ」

サインをせずに書類を置いたのを見て、真子は従順に頷いた。「わかりました」

「もし、好きな人がいるかと聞かれたら、いると答えろ」

「はい」

「信じるように、そして、安心できるように、うまく話すんだ」

そう、命じるように言う。

「わかりました」

真子は感情を押し殺して応えながら、彼の傍らに置かれた協議書に思わず視線を送ってしまう。

その瞬間、馬鹿げた考えが頭をよぎった。──もしかしたら、この結婚に少しは未練があるのだろうか?

「……お風呂、お願いできるか」

突然、冷ややかな声で尋ねられた。

真子は一瞬驚いたが、彼の無表情を見て、自分の感傷的な考えがただの自惚れだったとようやく悟った。長い睫毛を伏せて、潤みかけた瞳を隠し、立ち上がって階上へ向かう。彼のためにお風呂の準備をするために。

「何を考えているんだろう、馬鹿みたい」心の中で自嘲せずにはいられない。

「あの人の頭の中は、あの女のことでいっぱい。あなたの居場所なんて、どこにもないのに」

真っ暗な階上へ足を踏み入れながら、理性的であれ、と自分に何度も言い聞かせ、気持ちを整えてから、その部屋のドアを開けた。

新婚の夜以来、この寝室に入るのは二度目だ。

なぜだろう、他人の領域に踏み込むような、禁忌を破れた感覚がある。

しかし、中の様子は階下と同じく、極めて簡素な設えだった。白い壁、黒い床、ベッドが一台、サイドテーブル、ソファ。それ以外には何もない。

新婚の夜、彼はあのソファで一夜を明かした。それが、二人が唯一二人きりで過ごした夜だった。

浴室に入り、お湯を張り始める。

ふと、昼間に病院で聞いた、病床の母の言葉が耳元で蘇った。「あの子は離婚したがってるんだろうね。心の中にはあの本命のことしかないんだから。一度結婚した女の子が再婚するのが、どれだけ大変か、考えもしないで……」

再婚のことなど考えてもいない。ただ、心が痛むのだ。これから先、もう二度と、自分の名前が彼の名前と並ぶことはないのだから。

真子はバスタブの縁に腰掛け、手でそっと湯加減を確かめていた。3年前、父が罪を苦に自ら命を絶った直後、母に胃がんが見つかり、助けが必要だったあの頃……彼が目の前に座っていた時のことを思い出す。

「……まだか」

突然、背後から冷たい声がした。反射的に振り返った瞬間、手が滑り、身体がぐらりと傾ぐ。熱いお湯が満たされたばかりのバスタブの中に、そのまま落ちてしまった。

……

瞬時に、気まずい空気が空間に満ちる。

真子は黒のスリムパンツに白いシャツを着ていたが、全身ずぶ濡れになっていた。特に上半身は、濡れた生地が肌に張り付いている。

黒い下着の輪郭があらわになっている。

彼が極度の潔癖症であることを考えれば、今のこの状況をどれほど嫌悪し、不快に思い、このバスタブごと、いや、浴室全体を取り替えたいとさえ思っているか、見なくてもわかる。

真子は慌ててバスタブから這い上がりながら、顔に流れていた涙がお湯に紛れてくれたことに、わずかな自尊心を保てた、と内心で安堵した。腕を抱えて傍らに立ち、か細い声で謝罪する。「ご、ごめんなさいっ!」

藤原月は近づこうともせず、ただ淡々と言った。「着替えてきたらどうだ」

真子は俯いたまま、足早に外へ向かう。ドアのところで、彼の身体を避けるように身を捩った。

しかし、水に濡れたせいか、身に纏っていた香水の香りがふわりと立ち上り、彼の動きが一瞬、止まった。

階下に下りてスーツケースを開け、急いで着替えを取り出す。一階にあるいくつかの部屋を見回し、適当な部屋に飛び込んで服を着替えた。

藤原月は、バスタブから少し離れた場所に立っていた。床に飛び散った水の外側に。

決して濡れた場所を踏もうとはしない。ただ、じっとバスタブを見つめている。

真子は急いで階上へ戻ってきた。「月さん……も、申し訳ありません!」

きっと激怒しているだろうと思った。極度の潔癖症の彼にとって、自分の浴室を汚されるなど、絶対に許せないはずだ。だから、急いで戻ってきて後始末をしようとしたのに……彼が服を脱ぎ始めていることに気づいた。

真子は一瞬、呆然としたが、すぐに背を向けてドアの外に立った。

藤原月は壁際に寄りかかりながらズボンを脱ぎ、無造作に差し出した。「これ、頼む」

真子は目の前に差し出された、ベルトが付いたままのそれに一瞬戸惑いながらも、おずおずと受け取った。

「まだ見ていたいのか?」

背後から、再び問いかける声が聞こえた。

真子は慌ててシャツも受け取り、振り返ると駆け足でその場を離れた。

藤原月は、ふ、と小さく息をつくと、ドアを開けたままシャワーに向かい、お湯を出した。

真子は彼の服を畳んでベッドの脇に置き、すぐに階下へ下りた。

今夜はここに泊まるのだろう。自分はここで寝るべきか、ホテルに行くべきか考えていると、突然、携帯が鳴った。電話に出る。「もしもし?」

「今度こそ、もう帰ってこないってわけじゃないよね?」

友人からの気遣うような声だった。

「うん。……しばらくは、多分、帰れないと思う」

「ちょうど人手が足りなくてさ。良かったら、しばらくうちで手伝ってくれない?」

友人が続けた。

自分の今の状況を考え、真子は迷わず頷いた。「いいよ」

「藤原月が、詩織さんと結婚するって話、知ってるでしょ?」

友人が不意に話題を変えた。

「うん、聞いた」

真子は携帯を抱えたまま窓辺へ歩み寄り、無意識のうちに窓枠に寄りかかって、外の暗闇に再び目を向けた。

「真子……まだ、あの人のこと、好きなの?」

友人が、ひどく遠慮がちに尋ねてきた──。