翌日、夫は二日酔いから覚めると、何事もなかったかのように振る舞っていた。
彼はポケットに持ち帰った紫色の下着にも気付いていないようだった。
昨夜が私たちの結婚記念日だったことなど、もっと思い出せるはずもなかった。
「昨夜は誰と飲んでたの?」
「お客さんとだよ。すごく酒が強くてさ。はぁ、頭が痛くなるほど飲まされたよ」
夫はそう言いながら、頭をさすった。
私が牛乳を一杯渡すと、彼は下を向いてスマホをいじっていた。誰かとメッセージのやり取りをしているのが見えた。
「誰?重要なお客さん?」
「地方から来た社長さんでね。すごく酒が強いんだ。うまく付き合わないと、会社の大きな契約を逃すことになるからね」
「そう?男の人?女の人?」
夫は一瞬固まった。「もちろん男だよ。なに言ってるんだ。女性がそんなに飲めるわけないだろ。でも、かなり女好きでね。どうしても女の子を呼んで一緒に飲みたがってさ。はぁ、ほら...」
その言葉に私は不安になった。もしかして夫の紫色の下着は、その女の子のものを間違えて持ってきてしまったのだろうか?
それとも夫も女の子と...?
「そういえば、なんでケーキ買ったの?」
夫は話題を変えた。
「別に。なんとなく」
私は苦笑いを浮かべた。
「そうだな。二人とも誕生日じゃないしな」
夫は牛乳を飲み終わると、適当に私と話をしながら、熱心にメッセージの返信を続けていた。返信するたびに表情が明るくなっていく。
何を聞いても上の空で、「うんうん」とか「ああ」とか適当な返事をするばかり。
「誰なの?朝からそんなに楽しそうに」
「雪ちゃんだよ...」
夫は言い間違えたことに気付き、慌てて付け加えた。
「会社の同僚だよ。グループチャットで面白い話してるんだ。そうだ、会社に急いで行かなきゃ。じゃあ」
夫は慌ただしく出て行った。先ほどのチャットの様子を思い出すと、あの楽しそうで夢中な表情は、まるで私たちが付き合い始めた頃のようだった。
今の彼は私との会話で、理性的で礼儀正しく、必要最低限以外は何も話さない。
いつも私から一方的に話しかけて、冷たい態度をされるばかり。
彼は適当に答えるだけで、すぐに会話を終わらせようとする。
出かける前に、私は強引に聞いてみた。「黒い下着買ったんだけど、今夜見せようか?」
色気で昔の彼を取り戻そうとした。
こんな自分が情けなくて恥ずかしかったけど、他に方法が思いつかなかった。
黒い下着と黒いストッキングは、付き合っていた頃によく着てほしいと言われていたもの。
昔の彼はどれほど夢中になっていたことか。
「紫の方が似合うと思うよ。紫色の買ってみたら?」
私は凍りついた。
「黒が一番好きだったじゃない。いつから紫が好きになったの?」
「黒は飽きたよ。気分転換も必要だろ」
そう言って、彼は出て行った。
私は玄関に長い間立ち尽くしていた。
そう、飽きたのだ。
これが人間の本質なのだろう。
山本健一は私に飽きてしまったのだろうか?
山本健一が浮気をしているかどうか、もっと確かめなければならない。
彼が出かけた後、私は変装して、タクシーに乗って後をつけた。
彼は本当に会社に入って、普通に仕事を始めた。会社の中には入れない。
入れたとしても、何も調べられないだろう。
そこで、私は電気街に向かい、たくさんの小型カメラや追跡装置、盗聴器を買った。
スパイにでもなるのかと思われそうな量だった。
これらの機器を家中の隅々に設置し、夫が帰ってきたら、こっそりと追跡装置と小型カメラを彼の車に取り付けた。
山本健一が入浴している間に、盗聴器を彼のスマホケースの中に忍ばせた。
これで彼がどこに行って何をするのか、全て分かるはずだ。
「ねぇ、相談があるんだけど」
私は少し嬉しくなった。久しぶりに山本健一がこんな上機嫌で話しかけてきた。もしかして結婚記念日のことを思い出して、埋め合わせをしてくれるのだろうか?
「何?」
「明日ね、会社のプロジェクト会議があって、幹部会議なんだ。社長が機密保持のために、わざわざうちで会議をすることにしたんだ」
私は驚いた。「どんな会社の会議が自宅でするの?」
「機密保持のためだよ。社長が俺を信頼してくれてるんだ。社長の気分を害するわけにはいかないから、明日一日、外出してもらえないかな?友達と遊びに行ってきたら?経費は俺が出すよ」
長々と説明したのは、結局私を外に出すためだった。
でも理由があまりにも不自然に感じた。すでに監視装置を設置してあることを思い出し、私は頷いて承諾した。