中秋の日、私は玄関の前に立ち、中に入る勇気が出なかった。
故郷に近づくほど、心が怯えていく。
今世では二年間帰っていないだけだが、前世を合わせると、もう何十年も帰っていない。
【辰ちゃん、帰ってきたのね!】
五十歳近い母が扉を開け、私の方へ歩いてきた。
いつも美しく保っていた母の顔に、白髪が増えているのが見えた。
母は私の手を引いて中へ連れて行った。
父はソファーで新聞を読んでいたが、物音に反射的に顔を上げた。
【この不孝者め、よくも帰ってきたな!】
私は両親の前に進み出て、膝をついた。
【息子は不孝者でございます!】
母は慌てて、私を起こそうとした。
【何をしているの?佐藤さん、まだ怒ってるの?あなたこそ洗濯板の前で土下座しなさいよ!】
威厳を保とうとしていた父の表情が一変し、すぐに私を力強く引き起こした。
母は私と父を見て、にこにこしていた。
【そうそう、和子ちゃんは来なかったの?】
私の瞳が僅かに揺れた。
【彼女は少し用事があって、ここ数日は家で寝るだけの生活なんです。】
母は何かを察したようで、それ以上は何も言わなかった。
父の方は説教を始めた。
【会社をその女に任せたそうだな。会社は佐藤家のものだということを忘れるなよ。】
私は頷いた。
母は急いで話題を変えた。
【もういいでしょう。せっかく息子が帰ってきたのに、そんなこと言わないの。】
【後で私の親友一家が来るから、お父さんと息子は恥ずかしい真似しないでよ!】
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、玄関のチャイムが鳴った。
母は嬉しそうにドアを開けた。
【霊子、こんなに長い間連絡もよこさないなんて、随分冷たいわね。】
【これが瑶子ちゃんね、あっという間にこんなに大きくなって。】
玄関から母の親友一家が入ってきた。
私は笑顔で挨拶をした。
【山本おじさん、山本おばさん、それに……瑶子ちゃん。】
【久しぶりね、辰くん。】