別荘に戻ると、もう深夜だった。
荷物をまとめるのに30分かかった。
8年間住んでいたこの家で、今持っていくものは小さなスーツケース一つに収まった。
クローゼットにある一度も着ていないブランド服や、一度もつけていないジュエリーには手を触れなかった。
ドレッサーに目をやり、引き出しを開けた。
中には小切手が一枚、5000万円分。
小切手の下には投資契約書が挟まれていた。私が彼のために獲得した出資だ。
私の家族は破産したけれど、痩せ馬でも馬より大きい。家の人脈は松本勇樹が一生かかっても築けないものだった。
私の陰での支援がなければ、彼はここまで事業を大きくできなかったはず。
私は軽く笑って、二つのものをバッグに入れた。
彼がそれほど潔いなら、私が与えたものなど、きっと欲しくもないだろう。
そのとき、階下からドアの開く音が聞こえた。私は眉をひそめ、すべてを元に戻して階下へ向かった。
松本勇樹はソファに寝かされ、温井優花が手慣れた様子でタオルで体を拭いていた。
こう見ると、むしろ彼女の方がこの家の女主人のようだった。
「お姉さん、松本さんが酔っ払ってしまって、私が送ってきました」
お姉さん?
よく自分の立場を見つけたものね。
こんな不倫相手の厚かましい女、本当に厚顔無恥ね。
「よく面倒見てくれるわね。続けてちょうだい」私は冷笑いを浮かべながら、荷物の整理を続けるため身を翻した。
しかしリビングの物音で真一ちゃんが目を覚ましてしまった。
真一ちゃんは眠そうに目をこすりながら私の後ろに現れ、ぶつぶつと言った。「ママ、うるさいよ」
しかし近くにいる人を見つけると、急に元気になった。
「温井お母さん、どうしてここにいるの?」
温井お母さん?
私の眉間のしわはさらに深くなり、駆け寄ろうとする真一ちゃんの腕をつかんだ。
「真一ちゃん、なぜ彼女をお母さんと呼ぶの?」
真一ちゃんは振り向き、躊躇なく小さな拳で私の腕を叩いた。
「パパが呼べって言ったの。ずっとそう呼んでるよ。だって温井お母さんの方が、ママよりお母さんらしいもん」
「彼女が、私より、お母さんらしい?」
「ママはお母さんがすることを何もしないじゃん。料理と洗濯以外に何ができるの!離して!」
6歳の子供は、正直に物を言う年頃。
でもその言葉は、まるで鋼の針のように私の心を刺した。
この家への最後の未練を断ち切った。
私は呆然と手を放し、温井優花の腰に抱きつき、親しげな表情を浮かべる真一ちゃんを見つめた。
その瞬間わかった。私はとっくにこの家の部外者になっていたのだ。
温井優花は顔を上げて私を見た。言葉には謝意が満ちていたが、目には挑発の色が浮かんでいた。
「お姉さん、真一ちゃんを責めないでください。起床時は機嫌が悪いんです」
私は手を振った。もう話す気力すらなかった。
「お姉さん、松本さんを送り届けましたので、私は帰ります」
温井優花は真一ちゃんを押しのけ、彼の耳元で何かを囁いてから、颯爽と立ち去った。
真一ちゃんは温井優花がドアを閉めるまで見送り、眉をひそめ、唇を尖らせながら私の方へ歩いてきた。私の傍を通り過ぎる時、足で私を蹴った。
「全部ママのせいだ!温井お母さんがここに住めたのに!」
そして自分の部屋に戻り、バタンとドアを閉めた。
ふん...だから私の真一ちゃんは私に懐かないのね。
松本勇樹と温井優花のそんな操りの下で、真一ちゃんはきっと私を彼らの三人家族を引き裂く敵と見なしていたのだろう。
いいわ、夫も子供も、あなたにあげる。
私は鍵を棚の上に置き、契約書と小切手を持って振り返ることなく出て行った。
この世界では、愛情は偽りで、お金だけが本物なのだから。
あなたたちが私の助けなしで、どうやって再起するのか、見物ものね。